2006年09月23日

リンドバーグ日記5

 今回からは、いよいよ日米開戦時期の日記になってきます。当時のアメリカ国内の事情を知っている者は、日本が戦争に訴えるのが当たり前であるとの認識をしていたことが伺えます。それも「ハルノート」の存在を知らなくてもです
「ハルノート」は外交解決が不可能であることのダメ押し、アメリカが外交解決を望んでいなかった証拠でしょう。
チャールズ・リンドバーグ著「孤高の鷲」下から引用します。
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引用開始
【1941年】
9月12日金曜日

 ルーズベルト、海軍に対して「アメリカの利益に必要な防衛水域に侵入する独伊艦船を発見次第、発砲せよ」と命じる。

11月29日土曜日
 対日関係、重大局面に達す。両国の新聞とも戦争を論ず。ケソン大統領、フィリピンの戦争準備は未しと語り、合衆国を非難す。

12月1日月曜日
 日米関係、ますます重大化す。ルーズベルト、休暇を打切ってワシントンに帰る。・・・

12月7日日曜日
 ラジオ放送の発表によれば、日本がフィリピンとハワイ諸島を攻撃し、また真珠湾が爆撃されたという!フィリピンに対する攻撃は予想されたが、これほどかなり早い時期に行われるとは思いもよらず、それにしても、真珠湾に至っては!日本軍はどのようにして接近したのか。

12月8日月曜日
 日本、米英両国に対して宣戦布告。ハワイ、フィリピン共に、日本の攻撃を受く。グアム島、爆撃される。
・・・略・・・
 わが空軍、わが海軍はどのようにして日本軍にやすやすとハワイ諸島へ接近させたのか。日本軍の損害は幾らか。それからわれわれの損害は?
 日本の奇襲攻撃は別に驚くには当たらぬ。われわれは何週間にもわたり、彼らを戦争に駆り立てていたのだから。
 彼らはただ単にわれわれの横っ面を張り飛ばしただけに過ぎぬ。しかし、ラジオ放送によればハワイ攻撃は激烈を極めたものだったと言う。日本軍に真珠湾をわけもなく攻撃し、やすやすと脱出できると思わせたほど、われわれは多くの軍用機と艦艇とを大西洋に回してしまったのか。
 シカゴのボッブ・スチュアートに電話を掛け、ボストン集会は中止すべきだと告げる。ボストンのウッド将軍にも電話。開口一番、将軍は言ってのけた。「やつに裏口からしてやられたよ・・・・

12月9日火曜日
 合衆国、日本に対して宣戦を布告す。日本軍、フィリピンに上陸中と伝えられる。海軍省の報告によれば真珠湾の損害は甚大だ。ハワイで1500人が死亡したという。タイが降伏。イギリス、日本に対して宣戦を布告。

12月11日木曜日
 イギリス、戦艦プリンス・オブ・ウェールズ号、レパレス号の轟沈を認める。日本軍マレー半島に侵入す。・・・・
 独伊両国とも合衆国に宣戦布告する。今や、自分の懸念していた事態がことごとく現実のものとなった。・・・
 当面の戦争目的を遂行したければおそらく史上最高の血なまぐさい、破滅的な戦争を展開することになる。
 その後にいったい何が来るのか。また何を得るために闘おうとしているのか、われわれは明確な考えすら持っておらぬ。われわれは民主主義と自由とを世界に広めることを口にしているが、それはわれわれにとり条件というよりも単なる合言葉に過ぎぬ。民主主義も自由も、このアメリカにおいてすら実現されておらぬし、まして戦争に深く介入すればするほど、それだけわれわれは民主主義と自由から遠ざかることになるのだ。・・・・

12月12日金曜日
 祖国が戦いに入った以上、自分としては祖国の戦争努力に最大限の貢献をしたい。・・・戦争になれば、祖国の全般的な繁栄と統一のために、自分の個人的な見解を押し殺す覚悟は出来ていた。しかし、問題は今になってもルーズベルト大統領が信じきれないという点だ。・・・・
 自分だけの経験や判断ではないと思うが、ルーズベルトと面識のあった者の中で、それがルーズベルトの政敵であれ友人であれ、猫の眼の色のように変わるルーズベルトの発言を信ずる者は一人としていないだろう。しかも、合衆国大統領は友人たちの間ですら執念深い人物という評を得ているのである。・・・・

12月26日金曜日
 香港、降伏す。フィリピンで日本軍が進出。イギリス軍、ベンガジィ(リビア)を奪取。合衆国、“自由フランス”(ドゴール亡命政権)によるニューファウンドランド沖のサン・ピエール・ミケロン両島の占領に抗議を発す。日本軍、マレー半島に進出す。

【1942年】
2月16日月曜日

 シンガポールのイギリス軍、降伏す。日本軍、スマトラ南部に上陸し、またビルマでも進出。・・・・
 ハリー・バード上院議員は、真珠湾攻撃の直後ウォルシュ上院議員がルーズベルト大統領と面談した際の模様を話してくれた。 ウォルシュ上院議員は日本軍の真珠湾攻撃を耳にするや、すぐさまスターク提督(海軍省作戦本部長)のもとを訪れ、被害状況を問い質した。ウォルシュ上院議員は海軍委員会の委員長だったので、スターク提督は正確に詳細を伝えた。ウォルシュは直ちに海軍委員会を招集したが、バードはじめ数名の同僚委員がウォルシュに大統領を訪問し、「真相を国民に公表するように要求すべきだ」と忠告したらしい。
 ウォルシュ委員長は真相の公表に関しては同意したものの、かかる要求をもって大統領に談じ込むのを最初はためらった。しかし、さらに強い要請が出されたので、委員長もそれに応ずることに同意した。
 ウォルシュが大統領との会見模様を伝えたところによれば、彼が真珠湾の真相を公表するようにと持ち出すやルーズベルトは血相を変えて激怒したという。大統領はウォルシュに情報の出所を強く求めた。上院海軍委員長として海軍省に赴き、直接スターク提督から聴いたと答えると、スタークはそのような情報を誰にも漏らすべきではなかった(よしんば相手が上院の海軍委員長であっても)とルーズベルトは言ってのけた。
引用終わり。

 リンドバーグはこの時勿論ハルノートについては知りませんでした。にもかかわらず、
日本の奇襲攻撃は別に驚くには当たらぬ、われわれは何週間にもわたり、彼らを戦争に駆り立てていたのだから
と言っています。事情を知っている者たちにとっては、日本が攻撃してくるのは当たり前だったという認識であることが分かります。
posted by 小楠 at 09:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 書棚の中のアメリカ
この記事へのコメント
それでもやはりリンドバーグは、真珠湾が攻撃されたことには驚いている様子ですね。それに関しては、日本の奇襲は成功(?)だったのでしょうけど…。それにしても、読めば読むほど哀しくなります。追い詰められて開戦に踏み切らざるをえなかった日本と、てぐすねを引いて待ち受けていたアメリカ。結果は、もうこの時点で決まっていたようなものですね。
Posted by おしょう at 2006年09月23日 11:42
おしょう様
>>リンドバーグは、真珠湾が攻撃されたことには驚いている様子ですね

彼は、アメリカが日本の暗号電報を解読していたことは知らないのでしょう。
ですから、日本艦隊がアメリカに気づかれずに、どのようにしてハワイに接近できたのかと言うことに驚いてるようです。まさか罠だったとは思っていませんでしたから。
Posted by 小楠 at 2006年09月23日 11:46
なるほど…、勉強になります(礼)。
Posted by おしょう at 2006年09月23日 21:52
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