2006年09月22日

リンドバーグ日記4

チャールズ・リンドバーグをご存知の方は多いでしょう。あの偉大な大西洋横断単独飛行をなしとげた方で、第二次大戦への米国の参戦には反対の立場でしたが、参戦の決定後は勇敢に従軍しています。
今日は前回最終の続きから引用します。1940年末のアメリカの日本に対する考え方が記述されているためです。
上巻最後の引用です。チャールズ・リンドバーグ著「孤高の鷲」上から引用します。

引用開始
【1940年】
12月7日土曜日つづき。

 (前記国際会議の)論議の一つに、合衆国は日本と戦端を開くことで大英帝国を一段と助ける結果になるか、それとも太平洋で戦争を回避した方が大英帝国のためになるかという問題が出た。
 意見は分裂した。あるグループの主張によれば、もし日本と戦う羽目になると、勢い軍備を急がねばならないので対英援助が激減すること、また合衆国の艦隊は太平洋方面に無期限に釘付けとなり、全般的に見れば結局は大英帝国の不利益となるだろうというのであった(合衆国にとり何が利益となるかは論ぜられなかった。イギリスにとり最高の利益はアメリカにとっても最高の利益だという態度であった!)。
 もう一つのグループによれば、合衆国の民衆はまだ戦争への関心が充分とはいえず、いざ参戦するまでは国力を最大限に発揮できないだろう、従って日本に対し宣戦布告することで国力と生産力を急速に高め、合衆国も自ら戦争を遂行することに加えて対英援助も増加できるだろうというのであった。 彼らの見解によると、とにかく合衆国艦隊の大半は太平洋にとどまらざるを得ないのだし、そこで日本と戦った方がよいのだというのである。・・・・誰も彼も礼儀正しく、友好的な態度で接してくれたものの、常に場違いの感が拭いきれなかった。われわれは今アメリカにいるのであってイギリスにいるのではない――われわれの主たる関心はアメリカの将来であって大英帝国の将来ではないのだと、そう注意したくて仕方がなかった。・・・・・

【1941年】
1月6日月曜日

 国民の態度は前後に揺れている。最初のうち、反戦勢力が勢いを得ていたかと思うと、いまではそれとは正反対の方向に振り子が動いている――国民の現実の態度と新聞の大見出しとは常に区別して見分けるように努めねばならぬ。が、全般的に言えば、アメリカの戦争介入に反対するわれわれの勢力は、少なくとも相対的に見た場合はじりじりと敗退しつつあるように思われる。
 われわれにとり最大の希望は、合衆国の85%が戦争介入に反対しているという事実だ(最新の世論調査に拠る)。

1月11日土曜日
 ルーズベルトにほとんど無制限の軍事大権を付与する決議案が下院に上呈された。

1月15日水曜日
 下院議員ハミルトン・フィッシュ(共和党)から電話があり、下院外交委員会に出席し、武器貸与法案に関して意見を述べてほしいという。

1月22日水曜日
 ルーマニアで暴動発生が伝えられる。合衆国、航空機の対ソ禁輸措置を解除する。

3月5日水曜日
 ドイツ軍、ブルガリアに引き続き殺到する。南ウェールズが再び爆撃された。日本軍が仏領インドシナを目指して行動中と伝えられる。

7月8日火曜日
 アメリカ海軍、アイスランドに上陸す。
 朝刊の伝えるところによると、アメリカ軍がアイスランドを武力占領したそうである。これは今までアメリカが取ってきた中でも重大な措置だと考える。戦争を意味するかも知れぬ。
・・・・略・・・
 ルーズベルトは、アイスランドを占領すべきだとアメリカ人を説いたが、それにからむ危険性は説明しなかった。アメリカ人はついぞ真剣に、そのような事態をもたらすものを反省したことがない。
全国的な世論調査の結果では、アメリカ人の大多数(75%かそれ以上)が参戦に反対なのだ。にもかかわらず、ルーズベルトの背後には、彼が参戦に向って着々と打つ手を実質的に支持する多数派がいる。・・・・
 ある点で、アイスランド占領の最も重大な側面と言えば、ルーズベルトが議会にも相談せず、この挙に出たということである。・・・

7月10日木曜日
 ・・・・問題はヒトラーが潜水艦にアメリカ船舶の撃沈命令を出すかどうか、もし出せばルーズベルトはどのような手を打つだろうか。
 大統領は実に巧妙に、戦争誘発の事件が発生しやすい情況を作り出し、そのような事件が発生した場合は敵に攻撃されたと主張できる情況にわれわれを置いたのである。アメリカは今や半民主主義であり、半独裁制である。・・・

8月15日金曜日
 ルーズベルト=チャーチル会談の噂が事実となる。八項目の”平和目的“(大西洋憲章)が公表される。

8月16日土曜日
 チャーチル、ルーズベルト共にスターリンとの三頭会談を提案。ドイツ軍のウクライナ進撃が続き、対日関係の緊張も続く。

9月11日木曜日
 デ・モイン(アイオワ州)集会が開かれる直前に、会場で大統領のラジオ演説を流すことになった。・・・われわれは大統領演説が終わり次第、幕を上げることになったのである。・・・
 ルーズベルトはまずナチスを攻撃し、彼らが船舶まで撃沈する点に触れつつ、アメリカの利益に必要とあればどこででも敵の軍艦を一掃すべしと合衆国海軍に命令を下したと結んだ。演説が終わって一分もたたないうちに幕が開き、われわれは壇上に並んだ。一斉に拍手と野次を浴びる――これまでになく最も友好的な聴衆であった。しかも、反対派は組織されており、野次がマイクに入りやすい桟敷席には一群の演説妨害者が巧みに配置してあった。閉会後、これらの一群には雇われ“野次屋”がいることを教えられた。・・・
引用終わり。

 このあたりは、ルーズベルトが国民に対し「あなたたちの息子を戦場に送るようなことはしない」と約束していながら、実は英国を支援するために、ドイツと戦端を開く口実を作り出そうとしていたことが分かります。
ドイツとの同盟の結果、日本との戦争もその口実になってきました
 いわゆる「裏口からの参戦」と言われるのはこのためでしょう。
posted by 小楠 at 07:18| Comment(6) | TrackBack(1) | 書棚の中のアメリカ
この記事へのコメント
かの有名なリンドバークですが、その日記で開戦に至る過程を冷静に観察していると思いました。この辺りJapan On the Globe (96)では「ルーズベルトの愚行」として捉えているようです。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html
Posted by カピタン at 2006年09月22日 11:41
>>Japan On the Globe
やはりフィッシュとウェデマイヤーを取り上げていますね。
今後記事にしようと思っているスティネットのは、公開文書の中の当時の暗号解読の証拠も発表していて、ルーズベルトの戦争挑発を明確にしています。
Posted by 小楠 at 2006年09月22日 12:11
気の利いたコメントができず、恐縮ですが、米は日本が真珠湾攻撃をしなくても、対日戦に踏み切った可能性は否定できないわけですよねぇ。しかも、必然的なものではなく、まるで、ゲームでも始めるかのように…。

そう思うのは、私だけでしょうか?
Posted by おしょう at 2006年09月22日 14:49
おしょう様
ルーズベルトは、あらゆる方法で先ず日本に第一撃を打たせてからと決めていたようです。でないと国内世論を戦争に誘導することができないことは、よく知っていたし、大統領選挙でも、攻撃されない限り参戦しないことを公約していましたから。
けれども、中国ではもっと以前に、義勇兵の名前で空軍を派遣して実質的には日本軍を攻撃していたようです。フライイング・タイガーという名前で。
Posted by 小楠 at 2006年09月22日 17:10
昨日、リンドバーグ第二次大戦日記(上)を読み上げました。
最後が、1941/9/11のアイオワ州デ・モインの演説会についてのものでした。
この演説の英語原文もアクセスして読みました。
この演説では
Let us consider these groups, one at a time.
First, the British
The second major group I mentioned is the Jewish.
The Roosevelt administration is the third powerful group.
とあげていますが、
二番目のユダヤ人については、
A few far-sighted Jewish people realize this and stand opposed to intervention. But the majority still do not.

Their greatest danger to this country lies in their large ownership and influence in our motion pictures, our press, our radio and our government.
と述べていますが。ルーズベルト政権はこれをリンドバーグはユダヤ人全般と主張したとプロパガンダしました。
リンドバーグはルーズベルトは信用できないと日記に、ラジオ放送とともに、直接ホワイトハウスで面会して、それを確認しています。
ルーズベルトのプロパガンダ戦術について彼ほど厳しく追及・指摘した人物はいないでしょう。
チャーチルは大英帝国の復活を目指しましたが、結局時代の動きに逆行する動きであり、リンドバーグの指摘が正しかったことが示されました。

リンドバーグの演説やルーズベルトの炉辺談話その他を原文で読むとこのあたりの真実が明らかになることを実感しました。
Posted by ペガサス at 2017年03月14日 08:05
コメント有難うございます。リンドバーグはずっと戦争反対の立場から当時の動きを日記で綴っていますので、正直な気持ちが現れていると思います。FDRはチェンバレンの時から、独戦を扇動するよう駐英大使(確かジョセフ・ケネディ)や駐仏大使ブリットを使って工作していました。また、真珠湾以前から、ドイツの潜水艦を見つけたら撃沈するよう命令。ヒトラーは防御以外を禁じていました。このため標的が日本になったということで、FDRは、欧州戦争参加をとっくに決めていたのですね。
Posted by 小楠 at 2017年03月15日 09:26
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