チャールズ・リンドバーグをご存知の方は多いでしょう。あの偉大な大西洋横断単独飛行をなしとげた方で、第二次大戦への米国の参戦には反対の立場でしたが、参戦の決定後は勇敢に従軍しています。
ここでは米国のヨーロッパへの参戦反対の姿勢を明確に打ち出したことが記されており、ルーズベルトが国民に対する言葉とは反対に参戦を望んでいたことがわかります。
引き続きチャールズ・リンドバーグ著「孤高の鷲」上から引用します。
引用開始
【1939年】
9月14日木曜日
・・・・アーノルド将軍にあすの晩ラジオ放送をするつもりだと話した。この計画を彼に打ち明けるのはいまが初めてのことだ。もっとも、彼は私がどのような時局観を抱いているのか百も承知しているのである。・・・・
私はアーノルドに演説草稿を喜んでお見せしたい、機密に属する軍事情報は一つも含まれておらぬから安心してほしいと付け加えた。・・・・
アーノルドは一読後、演説がどう見ても航空隊との関連において職業的倫理に反すると解釈される要素はまったく含まれておらぬ、君の行動はアメリカ市民としての諸権利から少しも逸脱してはおらぬと言ってくれた。
ただ陸軍長官のウッドリングに草稿を見せるべきかどうかという問題が生じた。自分としては陸軍長官に信頼をおけぬし、彼もその一員であるルーズベルト政権の政策も信頼できぬから見せたくないと言った。
・・・略・・・
アーノルド将軍は陸軍長官に会い、・・・・リンドバーグが明晩ラジオで合衆国のヨーロッパ戦争介入に反対する演説を行うと伝えたところ、ウッドリングはそのラジオ放送を思い止まらせる手はないものかと尋ねたそうである。・・・・
9月21日木曜日
・・・・(前共和党大統領フーヴァー)と四十分間、戦争や合衆国の政策を語りあった。彼は合衆国の参戦に絶対反対だが、・・・・ルーズベルトは何としても国家を戦争に引きずり込みたがっているとフーヴァーは見る。・・・・
【1940年】
3月27日水曜日
・・・ハリー・バード上院議員は私に劣らず、ルーズベルトに信頼感を持っておらぬ。ぬけぬけと三選を狙うだろうという。
バードの話によれば、ルーズベルトはファーリーに三選を狙わぬと約束したそうである。後刻、選挙参謀のファーリーは言ったという。ルーズベルトはぬけぬけと前言を翻すからね、と。大統領を親しく知る人たちは、大統領の行った公約なるものをさほど高く評価していないようだ。
・・・
5月16日木曜日
・・・・ドイツ軍の侵攻は非常に急で、短波放送によればマジノ線がセダン付近で突破されたという。・・・・
特別客車の車掌たちが盛んに戦争を論じ合っていた。「おれたちが巻き込まれるのもそう先のことじゃないぜ」と一人が言えば、「いや、断じて巻き込まれはせんぞ」ともう一人が答える。「おれは一度いったことがあるが、もう二度目はまっぴらだ」と、これは三番目の男。
新聞はすっかり取り乱している。その報道ぶりは、アメリカがまるで来週中にも侵略を受けるような印象を与える!
5月28日火曜日
ラジオ放送によれば、ベルギー軍がレオポルド国王の命により降伏したといわれる。
6月10日月曜日
ドイツ軍はパリに35マイルと迫り、急進撃を続けていると伝えられる。
東部標準時1時にローマでムソリーニが演説をすると発表された。・・・
予期した通り、英仏両国に対する宣戦布告である。・・・・・
午後7時15分、ルーズベルトがシャーロッツヴィルでラジオ放送。かなり正常な人間のなすべき演説とは思われず。たまに彼の演説に耳を傾けるが、そのつど常に信頼感がいよいよ薄れる。
今夜、彼の声が電波に乗るや、宣戦を布告したがっているなと感じられた。それも、今はまだ祖国の体制が出来ておらぬためにそれを辛うじて抑えているという感じだった。いつものように劇的な話法であり、また独善的でもあった。・・・
10月14日土曜日
ニュース映画社がまたもや、放送後にカメラの前で演説草稿の一部を朗読してくれないかと申し入れて来る。
・・・・ニュース映画のために政治問題を語るのは危険である。なぜなら、撮影される側にはフィルムの切り方や組み合わせ方をコントロールできる自由がないからだ。
彼らは発言の最良の箇所でも最悪の箇所でも自由に選択できるし、観客に提供する映像の種類で観客の情緒面を大いに左右できるのである。ニュース映画のために発言するのであれば、自分の発言が悪く解釈されるようにカットされ、自分の放送場面が家なき難民、爆撃された大聖堂シーンとの間にサンドイッチにされることを覚悟せねばならぬ。・・・
11月29日金曜日
・・・ケネディ(駐イギリス大使)はイギリスの立場には望みがなく、可能な最もよい方法は近い将来に和平交渉を行うことだと指摘する。・・・・
もしチャーチル新首相やイギリスがアメリカの参戦に期待をかけさえしなければ、戦争は必ず終結するとも言った。
ケネディが打ち明けたところによれば、ドイツがノルウェー侵攻を行う数週間前に、チャーチルは彼を通じてアメリカがイギリスのノルウェー侵攻作戦を支持するかどうかルーズベルトに問い合わせたそうである。・・・
12月7日土曜日
・・・ホイラー=ベネットはプリンストンで開催中の太平洋関係の国際会議に私を招待(実際には要求)したのである。イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ合衆国の各代表が出席していた。
・・・さまざまな論議の中で、合衆国に最も望まれるのはわれわれが戦争に巻き込まれようと巻き込まれまいと、勿論イギリスにとって最高の助力となる行動をとるべきだということであった! 換言すれば、国際会議の主たる狙いは、アメリカ合衆国の繁栄よりイギリスのそれの方にあるように思われたのである。
引用終わり。
お分かりの様に、ルーズベルトは、米国内での大多数の国民の参戦反対にも拘わらず、当初からイギリスを支援して、ドイツとの戦いに参戦する強い意志を持っていたことがわかります。
2006年09月21日
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ところで、現在の米国民のルーズヴェルトに対する評価はどんな感じなのでしょう。ご存知でしたらご教示ください。
これは民主党支持者と共和党支持者ではかなり違いがあるのではないでしょうか。
多くの公文書から、開戦責任を言う人々がいたり、逆に小児麻痺を克服して、四選を果たした、歴代でも稀有な大統領という評価もあるようですね。
>小児麻痺を克服して、四選を果たした、歴代でも稀有な大統領という評価もあるようですね。
う〜ん、なるほど…。
ご教示、ありがとうございました(礼)。