2008年03月24日

ある兵士の支那事変25

無念!遂に戦傷の谷口上等兵

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載しています。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は「全滅を期して敵陣へ」と題された最終章の引用になります。25日25回に亘ったこの本からの抜粋引用も今回が最後となります。
写真は轟然一発!山形を崩す我が砲の威力

seiya25.jpg

引用開始
「今度は後続部隊は来ない。弾も補給されない。落伍したらそれでおしまいだ。どんなことがあっても決して落伍しないように・・・」と坂本大尉から訓示があった。田家鎮はまだ十里近くも前方と思われるのに、大きな砲弾が田家鎮から空を裂いて私たちの頭上を越えて、後方に猛烈な勢いで落下していた。巨きな砲弾だった。要害田家鎮から敵の要塞砲が撃たれているらしい。要塞砲はウーウーウーと獣が呻るように腹にしみわたる音をたてて飛んで来た。前進を開始すると、来る山々で敵は猛烈に抵抗する。一つの山をとると、敵は周囲の山から囲むようにして山砲、野砲、迫撃砲を目茶苦茶に浴せ、果ては堂々と逆襲を繰り返して来た。みんなに「このまま前進したらどうなる」という気が起きて来る。「どうなってもいい、全滅なら全滅しよう、そしてこの敵を撃退しよう!」と考える。

 敵は大別山から大部隊を繰出して田家鎮へ進む友軍の側面を襲おうとした。私たちはラクダ山を裏へ廻って突撃した。山頂をとると同時に、敵はこの山めがけて前方、後方、左右、数段に構えた山の陣地から、あらゆる砲を動員して集中射撃を送って来る。友軍の○砲が放列をしいたが、霧が深くて敵の陣が射てない。敵はただかねて知り覚えたラクダ山を距離だけで盲射ちすればいい、ラクダ山に砲が当れば必ずこの山にいる友軍の何処かに命中するのだ。一弾は倉本隊の○○名を一時に空へ噴き上げた。
「負傷! 負傷!」の声はあちらでもこちらでもひっきりなしに叫ばれて全山を埋めた。このままいたら山の土くれと運命を共にして部隊は全滅しなければならない。一層、前方の佐山を奪ろうということになった。佐山は山の頂上が二百メートルほどの間隔をおいて三つの瘤に別れていた。・・・散開して一度に佐山へ突進したのでは山頂へ行くまでに全滅するだろうと思われたので、私たちは一人パーッと飛び出して伏せると、次がまたパーッと走る――という風に交互に前進する方法をとった。佐山の麓の部落から次々と左右を見合って交互に走り進むと、山頂から手榴弾が投げつけられたり、コロコロと転がされたりして来た。岩を跳ねて下へ下へと転がり落ちる手榴弾は私たちの近くまで来るとダーンと炸裂する。破片は降りしきる雨と競って鉄兜を打った。
 私たちが頂上の最初の瘤をとると、さきに負傷された丸尾少尉は傷の癒えぬ手に抜刀して第二の瘤にとりつかれた。これも先ごろ負傷された植竹少尉が包帯姿で部下を引きつれて第三の瘤に突進される。手榴弾は跳ね上って、運動会で紅白にわかれて籠にマリを抛り入れるあの競技のように思われた。


 やがて第一と第二の瘤をめがけて敵の焼夷弾が打ち込まれて来た。もう敵も味方もなかった。野砲、山砲、重砲、迫撃砲、あらゆる砲弾は生きているものも死体も、敵味方を一緒くたにして吹きあげたたきつけた。山田一等兵が第三の瘤に行く途中の岩陰で負傷していた。私は駆けよって負傷個所をしっかり押さえつけた。血が指の間から噴水のように噴き出す。山田一等兵は私の手をのけようとする。「いかんいかん、山田!」やがて山田一等兵の手に力がなくなった。「・・・お母さん・・・」そしてガクリと首を下げた。

無念! 遂に戦傷
第三の瘤の端までゆくと、下から敵が銃を向けながらめじろ押しに列んで這い上がって来る。敵も歯を喰いしばり目を見開いてどんどん岩から岩へと山を這い上がって来た。私は○○発の弾をまたたく間に射ちつくしてしまった。射てども射てども次から次へと敵は這い上がって来る。・・・私は長い戦闘の経験で逃げる敵はみたがこんなに突入して来る敵は見たことがない。立場が逆になって突入される身になってみると、何ともいえぬ不思議な気持になった。守り終そう、どんなことがあってもこの線は守り終そう――一一切が一瞬間の想念だった。・・・

 やがて左の目がジーンと焼火箸を突き刺されたように痛くなった。右の手から石がパタリと落ちる。右の目に血が一ぱい流れ込んで来る。
「ア、目をやられたな」と思うと左の手から銃がドサリと落ちた。ハッとして右手を左腕にやってみる。服が腹まで裂けていた。つづいて右手を左の目に当てると、掌にトゲのように目に刺さった弾片がサラサラと触った。
抜こうとしたが血ですべってどうしても抜けない。銃を右肩にかけて、進んで来たと思う方へ退って行った。顔と足にグチャグチャと柔らかいものが触れる。敵の死体だろう。五十メートルも這うと「谷口! やられたか」という坂本大尉の当番兵である一ノ口上等兵の声がした。「本部はここだな」と思う。手で右の目を拭くと、血がとれて坂本大尉の顔が見えた。
「敵はつづけて這い上がって来ております。味方で立って戦えるものは一人も居りません、谷口上等兵状況報告オワリッ!」
 と叫ぶとボーッとして何もわからなくなってしまった。
――ふと呼びもどされたように思って気がつく。すると
「丸尾少尉殿負傷! 植竹少尉殿負傷!」「坂本大尉殿と桑原曹長、迫撃砲弾で即死!」とたてつづけに報告する声が聞えていた。
 私が山麓の野戦病院に寝ていると「谷口!」と叫んで小林伍長が飛び込んで来た。小林伍長も右手を包帯で首から吊っていた。
「目とは残念だぞ!」と小林伍長が泣く。やがて懐からサツマ芋を出して「お前が負傷したと聞いてお前のために持って来てやった。喰え」といった。どうしても泣けてサツマ芋は口に入らなかった。小林伍長は言葉をつづける。
「よぅく守ったな。あればかりの兵でよぅく守り終えたなァ、○○部隊長も☓☓部隊長も泣いてよろこばれたそうだぞ。アーそうそう、田家鎮は陥ちたよ。漢口はもう目の前だぞ!」
最終引用終わり
posted by 小楠 at 07:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変
この記事へのコメント
こんにちは、小楠様。

支那事変の日本部隊の戦い様、戦友同志の熱い友情が伝わりました。 ありがとうございました。
Posted by はるか at 2008年03月24日 13:33
はるか様
読んで頂いて有難うございます。
手持ちのこの本は、うかり扱うとバラバラになりそうな状態なので、ファイルに保存を兼てかなり多くの部分を引用しました。
Posted by 小楠 at 2008年03月24日 15:13
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