2008年03月18日

ある兵士の支那事変21

巣懸から盧州での戦闘

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載しています。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は騎兵部隊の様子と、いきなり激戦場へ補充された兵たちの様子です。
写真は膝を没する泥濘を猛進する騎兵部隊
seiya21.jpg

引用開始
 巣懸から夏閣を攻め、盧州に向うと、頑強な掩蓋機関銃座が城壁の外にならんで私たちの進撃を喰い止めた。鉄道のレールは全部とり外されて掩蓋銃座の材料になってしまっている。迫撃砲弾と野砲弾が入り乱れて競争するように私たちの周囲に落下していた。私たちの横を、巣懸から敗敵を一気に急追した騎兵部隊が、二、三メートルの間隔で馬頭をならべ田の中の一本道を砂塵をあげつつ城壁に突撃している。黄塵は濛々と巻きあがって躍りかかるように飛び上がる馬脚は、これに向われた敵はどうしても陣地にじーっと止っていることは出来まいと思わせた。すると、たちまち敵の迫撃砲弾と野砲弾が、この騎兵部隊の黄塵の渦の真中へ集中されて来た。
 矢のように駆ける馬の上から騎兵がコロリッコロリッと二、三名転げ落ちる。馬は裸のまま城壁に突進して行く。再び炸裂する轟音に馬が二頭、空高く吹き上った。火柱を浴びて倒れる馬の腹は真二つに裂けて臓物が綺麗に砂塵の上へ崩れ出す。この臓物を蹴って次の馬が騎兵を背に突進して行く。

「早く、早く! 突撃に移ろう」と歩兵のみんなが叫んだ。血を全身にしたたらせてまだ駆ける馬、腹を割られながらも首をもたげて、駆けて行く兵たちを見やったりする馬――これを眺めていると、どうしても眼頭が熱くなって来てカーッと全身がのぼせあがるのだった。友軍の○砲が射程距離まで進もうと私たちの近くまで陣地侵入をやり出すと、とたんに敵の野砲弾が前方の大獨山頂から飛んでビューンと空気を裂いた。馬が三頭バタバタ倒れ、砲車が止まる。
「やりやがったやりやがった!」砲兵は倒れた馬にすがって泣いた。口惜しい思いだった。これを見ている歩兵部隊の方がもっと口惜しく煮えくり返る思いだった。
「突撃しよう!」と叫んで乗り出そうとする。しかしそれは無駄だった。城壁と射ち合ってじーっと対峙していると後方から補充された新しい兵が○○名やって来た。本当は○○名来る筈だったが途中でヘバッたり落伍して○○名しか来なかった。・・・・
 銃火はいよいよ猛烈になって四方八方から飛んで来る。ビューッビューッと耳をかすめる鋭い音に、「とんでもないとこから重機が来るな」と戦友がいった。やがて反対側からブルーンブルーンと飛んで来る。
「アレ、こっちはダムダム弾を使ってやがるな」とまた戦友がつぶやく。すると新しい兵が不思議な顔をして、「上等兵殿、どうしてそんなに弾がわかるのですか」と、訊いた。「フーム、なるほどな、まだお前らにァわかるまい」と。上等兵殿少々得意である。


「それはだな、いまにお前らも戦争に慣れるとわかって来るが、敵の鉄鋼弾は先が鋭いから、ピィーッと固い音をたてて来る。ビューンと来たらこれは重機の大きな弾よ。ブーンブルーンと来たらこれは先が真ん丸になっているダムダム弾だなァ」
「そんな弾の音に違いありますか、自分にはみんな同じに聞えます」「そうだろうな」と上等兵殿、顎の戦塵髯を撫でた。とたんにピーッピーッピーッピーッと弾が耳元を飛んで行く。「それそれ、これが鉄鋼弾、オイ、オイ、わかったか。・・・オイ!」返事がない。聞き手の胸から血が流れていた――。
 敵の銃砲火はいよいよ猛烈になって来た。鉄兜や顔や背負袋をピリンッピリンッと叩くものは、銃弾なのか砲の断片なのか、砲弾で飛び散る田の泥なのか殆どわからなかった。突然、新しく来た兵の一人が大声をあげた。「上等兵殿!」みんな驚いて返事もしない。「今晩は休まないのでありますか!」銃弾が唸りつづける夜気の中をこの頓狂兵の叫びだけが空虚に聞えて行った。しばらくは言葉を返すものもなかった。なにかハッシと胸を突かれたような思いだった。突然石原上等兵が、「ワッハッハッハッハッ」と大声をあげて笑い出した。みんながビクッとする。
「ワハッハッハッ、お前達、○○でやってた演習とは違うぞ。ワハッハッハッ」はじめてみんなが一緒に笑い出した。
「戦争じゃ夜になって眠くなったからって、休めねェや、こっちが休んでも相手様が休まんのじゃ仕様がないぞ」
 笑い終って、しみじみと何か胸を打たれる。初めて飛び込んだ戦場がこの激戦だ、無理もないことだ。どうして休まないのだろう。どうして夜になったらこの戦争は休みをしないのだろう。はては古参の私たちもそう思い詰めて来た。・・・

 盧州から大獨山を占領して盧州城外の飛行場を警備していると、赤十字をつけた大きな飛行機が飛んで来て負傷兵を運んで行った。赤十字機から降りた若い軍医大尉の方が、「ご苦労だのう」と私たちに言葉をかけられる。「こちらも大変だが、他の部隊もいま徐州へ向って大進撃しているぞ」と話された。徐州――そこにいま大殲滅戦が行動されていることを私たちははじめて知った。・・・
 しばらく進むと向うの道を土民らしい者が一ぱい列を作って歩いているのに気がついた。ハテ?と坂本大尉が双眼鏡を手にとってしばらくじっと見ていられたが、「オイ、敵だぞ!」と叫ばれた。そういわれてみればなるほど逃げてゆく敵らしい。敵が退却している道と私たちが前進している道とは湖水のようになった水田をへだててはいたが、この分だと私たちはここ二、三日敵とならんで進んでいたらしいぞ、と思われた。・・・敵ははじめて私たちに追いつかれたことを知った様子で、大きな鍋や機銃や毛布や全部を捨ててあたふたと逃げてゆく。馬が走ると思うと或は輿に乗って逃げる指揮官らしいのがある。これを射ちまくって更に翌一日急追すると、とうとう橋が落ちて氾濫した河水に行手を阻まれた敵大部隊がウロウロやっているのにブツかった。
 敵は次々と河の中へ飛び込む。これを重機が待ちかまえて掃射する。完全にこの部隊を殲滅すると本部の無電は「舒城陥落」を告げていた。更に「桐城へ急追」の命令が出る。同時に「桐城の敵に更に安慶から廻った五万の敵が加わった」という情報が入ってきた。また明日から激戦がつづくだろう――。
二十一回目引用終わり
posted by 小楠 at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変
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