ここでは、蘇峰は信条とする倫理政治から見て、権謀術数やマキアベリズムを全く異端と考えていたが、現実の世界は自分の思っていたものとは全く異なり、背後に軍の勢力の裏づけがあって初めて平和主義が物を言うことができることに気がついたということ。そして民主主義についても、その欠点に気づかなかったこと等を記しています。
同じく「徳富蘇峰終戦後日記」からです。
引用開始
【自嘲】
昭和20年9月25日
・・・・しかるに現実の世界に立ち入って見れば、自分決めに決めたる世の中とは全く異なりたる世の中を見出した。如何に主義主張が公明正大であっても、それを実行するには背後の力の必要を認めざるを得なかった。マンチェスター派が上品なる議論を天下に公表して差支えなかったのは、その背後に英国海軍の一大勢力がある為めたる事を漸く暁った。いわば武力の裏づけある為に、初めて平和主義が物を言うことが出来た。
・・・略・・・
その極所は、即ち日清戦争後の三国干渉であった。それで自分は、自ら余りに自分の考えが単純すぎて、世の中の光明の一面を見て、暗黒の他面を看過した事に漸く気が付いた。
予は当初から平民主義の信者であった。国家が国民によって立つという事については、また国民を除外して国家の存立するべきものでないという事については断じて疑を容れなかった。
・・・略・・・
それでそのためには民権を論を主張し、民権の敵である官権、その官権を壟断して居る薩長藩閥に向かって、大いに戦いを挑んで来た。しかして明治二十三年の議会が開け、いわゆる政権が国民に分配せられて、これからこそ我等の理想世界が到来したりと思う間もなく、議会そのものが極めて醜態を暴露し、政党などと言うものは、国利民福を打忘れて、切取強盗の団体であるかの如き醜態を臆面もなくさらけ出し、かくては憲法政治なるものは、煽動政治家や、人民を売物にするゴロツキ利器ではないかと思わしむるに至った。
それで予は、平民政治なるものは如何にすればその名目通り実行せられ得べきかという事を考え、むしろ政権を一般国民に分配し、普通選挙にしかずと考え、予自身は婦人参政権さえも、自ら主張はしなかったが、これを賛成するに遅疑しなかった。
ところが愈々普通選挙が行われて見れば、これ迄腐敗は卸売の問屋に止まったところ、今度は全国津々浦々、腐敗の小売店が繁昌するようになってきた。いわば普通選挙は、憲政の腐敗を一層普通ならしむるに過ぎなかった。・・・略・・・
所謂デモクラシーなるものは、良き監督者、良き指導者、良き訓戒者、良き案内者がなければ駄目である。
【支配階級の幇間化】
・・・日が暮るれば蝙蝠が出て飛び廻る如く、夜になれば梟が鳴く如く、時局一変して、これ迄鳴りを静めたる自由主義者とか社会主義者とかが、時節到来といわんばかりに、時を得顔に新政党とか新団体とか新会合とか新組合とか、あらゆる部面に口を出し、手を出し、足を出し、頭を出して来つつある事は別に怪しむに足らない。また咎むるに足らない。むしろ彼等としてはもっともなる次第というべきである。
予は本来彼らの仲間ではないが、彼等には彼等の立場があることを認めているから、彼等が如何なる事をすればとて、別にそれに対して彼是いわんと欲する者ではない。
但だこの際一言禁ずる能わざるものがある。それは昨日迄は昨日の時勢に調子を合わせて、あたかも熱心なる日本主義者であるが如く、皇室中心主義者であるが如く言い且つ行い、行い且つ為しつつあった連中が、百八十度の転回を為し、恰かも役者の早変わりの如く急変して、またぞろ自由主義者とか社会主義者とかの間に立混り、奔走周旋しつつある事である。
太鼓持ちとは、如何なる座席でも座興を幇くるが商売であるから、座席の調子を見てそれに合わす事が商売である。けれども学者とか識者とか若しくは論客とか、あるいは一般的支配階級とか、それぞれ目ぼしき位地を世の中に占めたる立派なる人々が、この幇間以上の振舞いを為す事だけはまことに以て見苦しき極みである。
しかし世の中は、これ等の状態を平気で眺めて、昨日まで駄菓子を売った者が今度は居酒屋となった程の相違を認めない事は、社会の良心が頗る麻痺しているものというても差支えあるまい。
・・・略・・・
自分は米国人に向って何等申す事はない。彼らは敵である。敵が我々に向って敵意を挟むは当然である。敵が勝利者の権利を極端まで行使して、我を極端なる悲境に陥れんとするも、我としては喜ぶべき事でもなく、有難き事でもないが、致方なき事として諦むるの外はない。
しかし我が日本人がその先棒となって、敵の虐意を助長し、日本撲滅の急先鋒となるが如きを眺めては、とても勘弁の出来るものではない。
日本を亡ぼすものは米人ではない。日本人である。予をして言わしむれば、米人が勝ったのではない。日本人が負けたのである。
・・・略・・・
【日本精神の一大消耗破壊】
昭和20年10月25日
昨夜法制局長官楢橋渡なる人が、長官ではなく一個人の資格と断って放送した。その放送は気魄もあり光焔もあって、九州男児の面影が見えるようであったが、その内容はまことに困ったものであった。
それは全く即今米国のマッカーサーを始め、新聞記者共が口頭禅を、そのまま鸚鵡返しに大声疾呼するに止まっていたからだ。 当人は如何にも得意らしく喋ったが、日本の歴史も維新の大業も、乃至は明治二十七、八年、三十七、八年の戦役もご存知ないものの如く、一切これを軍国主義に片付けてしまい、今回の大東亜戦も、余計な戦争を軍閥共が自ら製造したものとして、一切の責任もその罪悪も、悉く皆な軍閥の名の下に、我方に帰することとした。
即ち全く敵側の申分をそのまま受け入れて、更にこれにシンニュウをかけて講演したるものである。
・・・略・・・
所謂る軍閥なるものの遣り口については、我等は予て厳正なる批判を下すことを怠らなかった。随分そのために軍閥の恨みを買い、怒りを買い、予の論文などは全文没書となった事もあれば、その要領を削除せられた事もある。しかしそれにも屈せず、不自由の位地に立ちながら、出来得る限り彼等の反省を促して来た。
しかし予は、今度の戦争を彼等が製造したものとは思うていない。その製造者は、誰よりも米国前の大統領、フランクリン・ルーズベルトであることは、予が固く信ずるところである。これは予ばかりでなく、米国の与国である英国の政治家にして、当時は閣僚であった一人、リットルトンまでが、一度ならずこれを公言しているではないか。今更それを日本人が、日本の軍閥に帰するなどというは、余りに不見識の話と思う。
引用終わり。
この日記で言う「アメリカが勝ったのではない、日本が負けたのである」は大変含蓄のある言葉です。いわば日本を亡ぼすのは日本人であると言うことでしょう。
GHQに諂い、それまでの主張を全くなかったかのように180度、手のひらを返した東大教授などがいましたね。渡部昇一氏の言葉を借りれば「敗戦利得者」がうようよ発生したのもこの頃でしょう。ただ許しがたいのは、未だにこの種の恥知らずの輩が日本の中枢、マスコミなどに巣食っていることです。
2006年08月31日
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それにもう一人の加藤も最近よく出ているようですねー。
これも局の意図の表れでしょう。
もうマスゴミと良識派国民との乖離はかなり広がっているようです。
失礼致しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%B1%B3%E5%AE%8F
とにかく朝日に出てくる連中は全部
×ですね。
マスコミ離れはだいぶ進んでいるんでしょうかね。
草の根からの「ワクチン」が必要な時ですね。
>日本を亡ぼすものは米人ではない。日本人である
先人達の卓見や警告を無視せず
デマゴーグとイデオロギストに民主主義が利用されないよう
一人一人が情報リテラシーを持つことが必要だと思います。
この後、左翼思想に毒された「おばちゃん活動家」が雨後の竹の子のように出現することを、徳富翁は見抜いていたんですなぁ。
ホントにすごい人です。
幸い我々のような一般国民が、その思いを訴える場が行き渡ってきて、まだ無垢な方々の目に触れる機会が増えたことはよかったと思います。やはりネット界では正論がかなり優勢であるようにも見えます。
おしょう様
>>雨後の竹の子のように出現
あの頃は学生の間でも共産がかった意見を言うのが流行のようでした。
それを煽動している連中が、戦前戦後で手のひらを返したような無節操な人間であることも知らずです。
当時の所謂「進歩的文化人」は今では馬鹿の見本のようですね。
利得のために動いた結果でしょう。