最後の解説には、「近代日本の言論人として勇名を馳せた徳富蘇峰が、百年後の日本のために遺したといわれる『頑蘇夢物語』と題する渾身の力をこめた日記の一作である」と書かれており、「明治、大正、昭和を通じて常に時流に乗って指導的役割を果たした言論人と評価されている」となっています。

その日記の中から引用してみます。
【盗人猛々しい侵略国呼ばわり】
昭和20年9月23日
自分は戦争犯罪とか、戦争責任とかいう言葉が今日通用することについて、聊か不審がある。成程捕虜虐待とか、病院船を打沈めたとか、大きくいえば原子爆弾などを無暗に投下したる者は戦争犯罪者といってもよかろう。しかし勝った方から負けた方を吟味して、彼は犯罪者である、これは犯罪者であるなどという事は、如何なるものであるか。
例えば角力(相撲)をとるに、勝ち負けの勝負がつけば、それでケリはついている。勝ち角力が負けた角力に謝罪状を出させるとか、罰金を取るとかいう事は未だかつて聞いたことがない。戦勝した上に償金を取るとか、土地を取るとか言う事さえも、損害賠償という意味においてのみ、その理由は成り立つと思うが、個人々々を引っ捕らえて、彼は犯罪者とか、これは犯罪者とかいうことは如何なるものであるか。
近く例をとって見れば、日本が大東亜戦争を起したとはいわぬが、余儀なく起つに至った所以のものは、決して一人一個の考えではない。いわば国民的運動であり、国家の大勢である。ほとんど自然の力であるといってもよい。風の吹く如く、水の流るる如く、潮の差す如く、石の転じる如く、勢い然らざるを得ずして然るものである。
日本などは三百年来、ほとんど缶詰にせられていたものであるが、鎖国の夢を米国の為に破られ、漸く目を醒まして見れば、窮屈で窮屈で、手を伸ばすことも出来ず、足を伸ばすことも出来ず。その為余儀なく四周に膨張し来ったものである。その手足となった者を罪人として咎めた時に、追っ付く話ではない。
いかに軍閥などが戦争せんとしても、国民の運動がそれに副わざる限りは、できるものではない。戦争の仕方に付いては、軍閥のやり方が下手とか上手とかいう論も出来るが、少なくとも予が知り得る限り、大東亜戦争は決して軍閥が製造したものでもなければ、作為したものでもない。恰も田舎の水車が少しずつ水が溜って、その溜まった力で車が回転する如きものである。
その力というのは即ち国民的運動力である。国民の志望というてもよく、国民の欲求といってもよい。あるいは国民的本能というても差支えない。もし罰せんとすれば、国民的本能その物を罰するより外に仕方はあるまいと思う。
日本が必要もないのに、軍閥という一階級がことさらに戦争を企んで、平地に波瀾を起したなどと思うことは、余りにも浅薄なる考え方と思う。
スターリンは日本を侵略的国民というが、これは盗人猛々しいといわねばならぬ。侵略国の標本を世界でいえば、ソ連、英帝国、次に北米合衆国である。 彼らは何によって大を成したかといえば、皆ほとんど侵略によって大を成したのである。その侵略の方法には、あるいは戦争によるものもある。あるいは外交によるものもある。
ソ連の如きは最も火事場泥棒の名人で、どさくさ紛れに何時も奇利を専らにしておる。例えば、英仏同盟軍が大沽を陥れ、円明園を焼き、清国皇帝が熱河に蒙塵したるに際し、奇貨措く可しとして、イグナチーフ将軍は支那より黒龍江一帯沿海州を掠奪したではないか。
近くは日本が絶対降伏を宣する暁において、ほとんど手を濡さずして満洲のみならず、朝鮮半分を手に入れたではないか。掠奪国とはかかる国をいうべきものである。
英国米国何れもその通りであって、いやしくも歴史の何ページかを読んだものは、中学校の子供でもよくこれを知っている。 今更日本を侵略国呼ばわりするなどということは、余りにも事実を誣うる事の甚だしきものである。
また英米諸国は、日本を好戦国などと称しているが、日本の何処を探せば好戦国たる事実があるか。好戦国という文句は、誰よりも英米両国が自ら引受けねばならぬ名称である。
日本は島原耶蘇の乱以来、戊辰に至るまで、ほとんど三百年になんなんとして、一回も戦争らしき戦争をしなかった。勿論百姓一揆とか、竹槍騒動とかは偶々あったが、それは喧嘩の大なるものであって、戦争と名の付くべきものではなかった。
これに反し、平和々々といいながら、英米両国はほとんど毎年とは言わぬが、矢継ぎ早やに戦争から戦争を継続している。論より証拠、統計をとって見れば極めて明白な事実である。
日本人の性格は、戦国時代日本に宣教の為に来航したるザベリオ師が、よくこれを語っている。日本人は不正を為す者ではない。不義を行う者ではない。ただ極めて面目を重んずる者であるから、その面目を傷つくる者に対しては必ず報復する、と言っているが、これが最も日本人をよく了解したる者の言と思う。もし日本人が戦うという場合があったらば、報復のためである。戦わねばならぬ迄に仕向けられたる為である。
語を換えていえば、防禦的戦争というの外はあるまい。自分は決して軍閥の味方でもなければ、敵でもない。別に軍閥を庇護せんとする者でもなく、また同時に軍閥を罪に陥とさんとする者でもない。戦争の責任を軍閥のみに帰するという事は、全く間違いである。・・・略・・・
引用終わり。
終戦後、GHQは彼らのとんでもない政策を正当化するために、巧みに日本国民を二分しました。片方は戦争の指導者と軍部で、かれらに全ての悪を押し付け、もう片方である一般国民は善良で、戦争指導者と軍部の犠牲者であるという刷り込みを徹底して行ったのです。しかし、ここにも書かれていますが、大多数の国は、政府が戦争には最も慎重で、国民や戦争を煽るマスコミの潮流が政府に決断を迫るというのが実際のようです。
開戦が決まった当時の日本人の感想を見ますと、何やら圧迫感から解放されたような、胸のつかえが取れたようなすっきりした気分であったと言う人が多いようです。
ホント、この方の歯切れのいい文章には感服させられます。
一部、右翼だと罵る声があるようですが、正論を言う人に「右翼」というレッテルを貼る輩を、私は「反日日本人」「売国奴」ということにしています。
おそまつでした(礼)。
にしても、正論ですね。
9月23日の段階でこの想いですか…。
こんな面白い日記を紹介されたら
購入しないわけにはいきません(笑)
確かに蘇峰は手厳しいですよね。
正論者に対してもそうですが、彼らは右翼という言葉の意味が全然わかっていませんね。
主義から言えば右翼も左翼も同根のようなものですからね。
まあ蘇峰は、誰に対しても、天皇の教育係りや側近に対しても手厳しいです。この日記は400ページを越えるボリュームで読み応えがありました。
http://resistance333.web.fc2.com/patriotism/patriotism_top.htm