2006年08月25日

英国貴族の見た明治1

「ミットフォード日本日記」
 原書名は「The Garter Mission to Japan」(ガーター勲章使節団日本訪問記)で、使節団の主席随員であったリーズデイル卿、本名アルジャーノン・バートラム・フリーマン・ミットフォードの日本滞在中の記録です。
 ガーター勲章は英国の勲章の中でも最も古く、最も位の高い勲章ということです。
 この使節団は英国国王エドワード七世から明治天皇へガーター勲章を捧呈するため、国王の弟コンノート公の第一王子アーサー殿下を御名代として1906年(明治三十九年)2月に派遣されました。
 ミットフォードは幕末から維新にかけての1866年(慶応二年)10月から1870年(明治二年)1月まで、英国公使館の書記官としてパークス公使の下で、同僚のアーネスト・サトウとともに勤務し、外務省辞職後の1873年にアメリカへ旅行したおりに、サンフランシスコから日本へ二度目の訪問をします。そしてこの使節団の随員として約33年ぶり三度目の来日となります。
 維新の動乱期を外国人の目でじかに見、そして今回、日露戦争に勝利した日本を再びその目で見たA・B・ミットフォードの日本評を抜粋して見ましょう。
mitford.jpg
引用開始
【横浜到着】
 1906年(明治三十九年)二月十九日の早暁、・・・十一隻の大きな軍艦が殿下を歓迎する礼砲を鳴らし、軍楽隊がゴッド・セイヴ・ザ・キング(英国国歌)を奏した。松の木の生い茂る箱根の山々が遠くに望まれ、それは私の記憶の通りに美しかったが、一番素晴らしかった光景は、雪を被って朝日に輝く、比類なく美しい富士山が、その優美な曲線を損なう一点の雲もなく、神秘的な円錐形を見せて、天高くそびえている姿であった。
 それは、この山の女神である「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)が古き時代の日本の精神に則って、日本の友人であり、同盟者である国王エドワード七世の使者を歓迎しようと、その優美な姿で立ち迎えてくれたのかと思わせるようであった。
・・・略・・・
 錨を下ろすと同時に、駐日英国大使サー・マクドナルドが、殿下の日本滞在中、その接待の役を務める何人かの著名な日本の政府高官と一緒に乗船してきた。その中でもとくに著名な人物は黒木大将と東郷(平八郎)提督であったが、彼らの偉業は世界中に鳴り響いていたのである
 我々が彼らと初めて会見した時、少なからず興奮していたことは想像できると思われる。
 東郷提督は静かな口数の少ない人で、どちらかといえば物憂げな表情をしていたが、きげんの良い時には極めて優しい微笑を浮かべることがあった。彼の表情は優しく穏やかで、話しかけられていない時は、時折、瞑想に耽っているらしく、ほとんどいつもじっと地面を見つめて、頭を少し右へかしげていた。
 これと反対に黒木大将は、日焼けしたがっしりした体格で、まるでオリンピック競技の選手のように鍛錬された、典型的な軍人タイプであった。彼はいつも陽気で、愛想がよくどっしりとしていて、物事の良い面を見ようとする人物であった。
 この二人ほど一目見た時、対照的な人物はないだろう。しかし、二人には共通した特色があった。
 彼らの謙遜と自制心は、まさに人々の心をとらえるものがあった。彼らが話すのを聞いて、本当に彼らが日本の歴史の上ばかりでなく、世界の歴史に残るような立派な役割を果たした人物だとは信じられないだろう。
 両者ともに、誇らしげな様子は全く見られなかった。ここに私がとくに強調しておきたいのは、私の日本滞在中にいろいろな種類の多くの日本人と話をしたが、さきの日露戦争の輝かしい勝利を自慢するかのような発言を、一度も耳にしなかったことである。
 戦争に導かれた状況と戦争そのものおよびその結果について、全く自慢をせずに落ち着いて冷静に話をするのが、新しい日本の人々の目立った特徴であり、それは全世界の人々の模範となるものであった。このような謙譲の精神をもって、かかる偉大な勝利が受け入れられたことはいまだにその例を見ない。・・・略・・・
 かくて我々の長い航海も終わり、まさに天皇日和ともいうべき天気に恵まれて、我々はお伽の国への第一歩を踏み出したのである。
・・・略・・・

【皇居でのガーター勲章捧呈式】
 ・・・殿下は三度礼をされて天皇の前に進み、国王自筆のお手紙を陛下に手渡された後、ゆっくりと威厳をこめて次のような挨拶の言葉を読み上げられた。

 「陛下。私は尊き主君であり、伯父である国王陛下の命を受けて、国王のあたうる限りの友情と尊敬の最高の印を、陛下がご受納下さいますようお願いに参りました」
 「陛下もご存じのように、ガーター勲章はエドワード三世によっておよそ六百年前に制定された騎士の勲章であり、英国の騎士の勲章としては最高のものであります。元来、これを受けるのは君主としての国王と皇太子および二十四人の騎士に限定されており、その通り、今日まで受け継がれてきました。しかし、現在は英国国王ととくに親密な関係にあるか、または同盟を結んだ国の皇帝、国王、王子に、この勲章を 贈るのが習いとなっております」
 「私が今日ここに参りましたのは、この由緒ある最も高貴なガーター勲章を陛下に贈呈することを委任されたからであります」
 「陛下こそ、騎士道と勇気と名誉の象徴であるこの勲章を受けられるのに、最もふさわしい君主であると考えられたエドワード国王の深い友情の表れとして、どうぞ、この勲章をお受け取り下さるようお願い致します」

 この挨拶の言葉は長崎(省吾)氏の通訳によって陛下に伝えられ、次のようなご返事があった。

 「殿下をお迎えすることは私として欣快の至りであります。殿下のお持ちになった名高い高貴な騎士の勲章を、エドワード国王陛下の友情と善意を重ねて明証するものとしてお受け致します」
 「かかる栄誉を受けるのみならず、その栄誉に加うるに殿下を今回の特使として選ばれたことに対し、国王陛下に私が心から感謝していることをお伝え下さるようお願いします。さらに陛下に私の心からの尊敬と変わらぬ友情と愛情を確かにお伝え頂くと同時に、末長きご健康とご安泰を深く祈念していることをお伝え頂きたいと思います」
・・・略・・・
 ここで予期しなかった素晴らしい好意が示されたのである。殿下がガーターを陛下の膝下にお着けしたその瞬間、事前に打ち合わせた合図によって、陰に控えた楽隊が再び英国国歌を演奏し始めたのである。その効果は電撃的で、儀式全体の雰囲気を非常に盛り上げた。確かに日本人は儀礼的なことにかけては熟達した民族である。我々の国王に対して、これ以上優雅に感謝の意を表す方法を他の民族が考えつくだろうか。
引用終わり

 外国人から見ても、謙譲の精神、自制心というのは個人の人格、品性を高める大切な要素なんですね。このことを子供たちにも受け継いで行きたいものですが、現在のTVで放送される低劣下品な番組の多いのには怒りさえ感じます。ニュースやワイドショウは反日の軽薄な輩が主流を占めるなど、日本のTVは特に子供たちにとっては百害あって一利なしの感がします。
posted by 小楠 at 07:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本A
この記事へのコメント
こう言う本にもすごく興味あります。開国後に日本にやってきた外国人が日本を賛辞している本は、日本人が日本を好きになれますよね。
現代になって、この良さが失われつつあるのは間違いないと思います。テレビのせいだけではないと思いますが(教育など)、世代を越えて受け継ぐことの大切さをもっと多くの日本人が認識すべきですよね。
Posted by j.seagull at 2006年08月25日 09:32
また良い本のご紹介を有難うございます。いずれ順次読もうと思ってますが、次から次と読みたい本が現れて苦労します。文芸春秋特別版の「私が愛する日本」も現代の外国人による日本・日本人評でしたが、ここ2・30年でどんどん良さが失われているとの指摘が多くあり残念に思います。仰られるようにTV・ラジオ等で、自信や誇りに思える良い話が多く紹介されることを希望します。
Posted by おばりん at 2006年08月25日 17:01
明治期までの日本人(大和民族)に自然に備わっていた優雅な資質を語り継げる人材がどんどん居なくなって、今日本は並の国へと転げ落ちていく最中です。そんな時代にふさわしい読み物を拝読できます、こちらのブログでは。たくさんの人たちに読んでもらいたいと思います。
下品極まりない政治”評論蚊”とか食い物リポーターどもがのこのこ出てくる日本の垂れ流しTVを見ているより電脳Gameで遊んでもらっていた方がよほど安心します、子供たちの為には。
日本の番組は只同然のTVだから下等な評論”蚊”の出てくる番組が成り立っているんではないでしょうか。英国・フランス・イタリア・(ドイツ)・シンガポールのように高額な視聴料支払い義務制だったら誰も見向きもしなくなるでしょうね日本の垂れフンTVなんて。非難轟々で早速お釈迦になります。お金払ってまで”蚊”の講釈なんて聴こうと思う奇特な暇人はいませんよ、きっと。ここで一句『現代日本の諸悪の根源は只同然のTVに有り〜』。失礼致しました。
Posted by ケイさん語録 at 2006年08月25日 17:09
j.seagull さん
日本人としての良い伝統はずっと維持していたいですね。このような美点をことごとく破壊しょうとする勢力は、なんとしても日本から排除したいです。

おばりんさん
>>ここ2・30年でどんどん良さが失われているとの指摘が多くあり残念に思います。

やはり外国人から見ても、日本人のいい面が失われていると見えるでしょうね。日教組、マスコミ、特にTVはむごいですから。

ケイさん
確かに今のTVをもし有料にすれば、視聴料を払う値のある番組は皆無じゃないでしょうか。
あれらのバカ番組を作っている連中ってどんな頭をしているのか疑います。
Posted by 小楠 at 2006年08月25日 21:08
岩波新書の「日露戦争」ではミットフォード卿は親ロシア的、対日警戒論者として記述されています。ミットフォード卿は日本がロシアに勝利することが、大英帝国統治下のアジア人に独立の気運を勃興させることに危惧の念を抱いていたようです。人間には誰しも二面性がありますから、ミットフォード卿にも建前と本音があったようですね。明治期の欧米人の日本への好意の裏にはやはり開国後半世紀足らずで清国・ロシアに勝利した日本の強大な軍事力への畏怖の念があったことは間違いないでしょう。
Posted by ツシマ at 2008年11月03日 01:25
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