2006年08月21日

共産主義の犯罪2

 続いて今日も共産主黒書(ソ連編)序より引用します。
この犯罪の隠蔽にあるように、共産主義者が行う様々な隠蔽、言葉の歪曲、行為の正当化などは、現在の日本の反日マスコミ、や左翼、反日団体がそっくり同じようなことをやっているのが面白いところです。共産主義の伝統をしっかり守っているのでしょう。

【ナチズムと共産主義の類似】
 ・・・常に攻撃の対象にされたのは個人よりもグループであった。テロルが目的にしたのは敵と決めたあるグループを殲滅することだったが、それは社会の一部にすぎなかったとはいえ、ジェノサイドの論理によってグループとして攻撃されたのだった。かくて階級的全体主義」の差別と排除のメカニズムは、「人種的全体主義」のメカニズムに酷似したものとなった
 将来のナチスの社会が、「純粋な人種」を基礎につくられなければならないように、未来の共産主義社会は、あらゆるブルジョワ的汚物から拭われたプロレタリア的民衆の上に打ち建てられるべきだとされた。排除の基準は違っていても、これら二つの社会の建設は同じように構想された。したがって共産主義がユニヴァーサリズム(普遍主義)だと主張するのはまちがっている。たとえそれが世界的使命を計画に持っているとしても、ナチズム同様、共産主義は人類の一部を生存に値しないと宣言しているからだ。相違があるとすれば、それはナチスが人種的、地域的に区分するのに対して共産主義は階層・階級によって区分している点である。・・略・・
 敵対する個人またはグループとしてではなく、政治的・イデオロギー的理由から、大規模な形で社会の一部を根絶しようとするこの犯罪は、何と名付けたらよいのだろうか。何人かのアングロ・サクソンの研究者は「ポリティサイド」(政治的殺人)という言葉を提案している。

【世論の沈黙】
 人は共産主義の犯罪について何を 知っていただろうか?それを知ってどうだったというのだろうか? このテーマが学問の対象となるために、どうして今世紀の終わりまで待たなければならなかったのか? ナチスの犯罪の研究とくらべて、スターリンと共産主義のテロルの研究がはるかに遅れていたのは確かだ。
 ここにおいて一つの明瞭なコントラストに驚かざるをえない。1945年の勝利者は犯罪、とくにユダヤ人のジェノサイドを、合法的にナチスを弾劾する中心に置いた。世界中の数知れぬ学者が過去何十年来、この問題に取り組んできた。何千もの本がこの問題に割かれ、何十もの映画が――そのいくつかは大成功を博したが――様々な違った調子で作られた。『夜と霧』あるいは『ショアー』、『ソフィーの選択』、『シンドラーのリスト』などである。・・・略・・・
 ところで共産主義の犯罪の問題については、このようなタイプの研究は存在しない。ヒムラ―やアイヒマンの名前は現代の蛮行の象徴として世界中に知られているのに、ジェルジンスキーやヤゴーダやエジョフ〖三人はいずれもソ連秘密警察の長官〗の名は大部分の人にとって未知である
・・・略・・・
 共産主義の分析の中心に、本質的な問題として人類に対する集団的・体系的犯罪を据えないのは、いったいなぜなのだろうか?
・・・略・・・

【犯罪の隠蔽】
 ・・・共産主義国家においては歴史文書館は完全に閉鎖されており、すべてのジャーナリズムとマスコミは管理され、出国したり外国への持ち出しはすべてコントロールされていて、もっぱら体制の「成功」が宣伝された。情報を外へ漏らさないためのこれらすべての装置は、まず第一に犯罪の真実を白日の下にさらさないことを目的としていた。・・・略・・・
 自らの大罪を隠すだけでなく、死刑執行人たちは、あらゆる手段で情報を伝えようとする者を攻撃した。・・・略・・・すべてこれら人間の良心を目覚めさせようとする人たちに対して、死刑執行人どもは全世界に影響力を行使できる現代の大国のあらゆる武器庫を開いて系統的な戦闘を行った。彼らは相手を失格させ、名誉を傷つけ、おじけづかせようとした。ソルジェニーツィン、ブコフスキー、ジノヴィエフ、プリューシチは国外に追放され、アンドレイ・サハロフはゴーリキーに流刑になり、ピョートル・グリゴレンコ将軍は精神病院に入れられ、マルコフは毒の入った傘で刺されて殺された。・・・略・・・
 銃殺の執行、強制収容所、人為的な飢餓といった、なんらかの真実を隠しおおせることができなくなると、死刑執行人どもは巧みに事実にメーキャップを施して、正当化しようとした。テロルを自分の行為として認めたあと、彼らは「森を伐る時には木っ端が飛ぶ」とか、「卵を割らずしてオムレツはできない」といった革命の寓話で説明しようとした。・・・略・・・
 これらのやり方の中でも、おそらく最も悪いのは、言葉を歪めることだろう。魔法の字引によって強制収容所は再教育の場となり、死刑執行人どもは古い社会の人間を「新しい人間」に変える教育者とされた。ソ連の強制収容所の囚人を意味する「ゼック」は、力ずくで自分たちを奴隷にした体制を信ずるようにしむけせれた。
 中国では強制収容所に入っている者は「学生」と呼ばれた
・・・略・・・
【強力な宣伝】
・・・共産主義の宣伝に対して西側は長いこと例外的な盲目ぶりをしてきた。それは格別に悪賢い体制に対してナイーヴだったためと、同時にソビエトの力を恐れたのと、政治家と利権屋のシニシズムからきていた。盲目ぶりはヤルタ会談でも発揮された。ルーズヴェルト大統領はスターリンに、できるだけ早期に正規の手続きを踏んだ自由選挙を行うという約束のもとで、東欧を放棄した
 この盲目ぶりは西側の共産主義者と左翼の多くの人によって確固としたものになり、ほとんど正当化された。彼らは東側諸国では「社会主義が建設中」であり、民主主義諸国では社会的・政治的対立を生んでいるこのユートピアが、「あっち」では現実になっていると信じていたのだった。
・・・当時共産主義はその明るい面を見せていた。・・・・そしてこの明るい面が、闇の面をほとんど完全に隠蔽していたのだった。・・・・・
 共産主義の犯罪的側面について盲目であったのは、さらに三つの特別な理由によって説明される。第一は革命の理念そのものの信奉である。19世紀、20世紀に行われたように、今日なお、革命の理念を哀悼する作業は、まだ終わっていない。赤旗、インターナショナル、突き上げた拳といったそのシンボルは、大規模な社会運動のたびに浮かび上がってくる。

【カモフラージュ】 第二の理由は、ソビエトがナチズムに対する勝利に加わっていたということである。この勝利のおかげで共産主義者は、熱烈な愛国主義を利用して、その最終目標である権力の掌握をカモフラージュすることができた。
 共産主義者が第二次大戦に参加し、ナチズムに対する勝利に加わったことは、左翼にとって、真の基準としての反ファシズムの概念を決定的に勝利させることになった。そして共産主義者は、もちろん、この反ファシズムの最良の代表、最良の擁護者であるかのようにふるまった。共産主義者にとって反ファシズムは決定的なラベルとなり、この反ファシズムの名において頑固な相手を黙らせるのは容易だった。・・・敗北したナチズムは連合国によって「絶対的な悪」と名指しされたので、反対に共産主義は、ほぼ自動的に善の陣営に入れられた。ニュルンベルグ裁判の時にソビエトが検察側にいたのは当然だった。1939年の独ソ不可侵条約やカチンの森の事件など、民主主義的価値観から都合の悪い事柄は、逸早く隠蔽された。
 これと同時に、赤軍による東欧の解放は、ほとんど西側には知られなかった。西側では歴史家は二つのまったく違ったタイプの「解放」を同等に見なしていた。一つは民主主義の復興へと導き、もう一つは独裁体制の創設の道につながるものだった。・・・略・・・
 隠蔽の最後の理由は・・・・共産主義世界ではユダヤ人のジェノサイドを例外的な残虐として人々の注意を引くことで、その「特殊性」を強調することによって同じ類いの共産主義の現実を覆い隠すのに役立った。まったく、勝利によってジェノサイド・システムの撲滅に寄与した人々自身が、どうして同じ方法を実践し得たなどと想像することができるだろうか?
 最も多く見られた反応は、このようなパラドックスに面と向かうのを拒否することであった。
引用終わり。

 共産主義者やその影響を受けたと思われる反日、マスコミなどが、現在も続けて嘘の宣伝、事実の隠蔽、史実の改竄、言葉の言い換え、などを平気で行うのは、共産党政権樹立のためには何をしてもよいという考えから、自分たちの意見で国民を煽動するためには何をしてもよいという考えに基いているのでしょうか。
posted by 小楠 at 07:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 共産主義の実態
この記事へのコメント
むかし”主義者”というのがいて進歩的だと思われて悦にいっていた者どもがおりました。まさか現代の日本の反日マスゴミどもは”主義者”だと気取っているんではないでしょうね。もしもそうならば、時代錯誤はなはだしい限りですね。現代の日本の主義者は”在日”がやっているんでしょうか。在日百万二百万はやがて数百万数千万になり日本はアカ化しそうです。教条主義の恐ろしさを説く知恵者を育成しないといけませんね。
Posted by ケイさん語録 at 2006年08月24日 11:32
>>時代錯誤はなはだしい限りですね

終戦当時はGHQの後ろ盾があって、意気揚々と反日、共産化の運動をしましたが、そのうちGHQの取締り対象となりましたが、既に遅しでした。
しかし今は表だっては静かになりましたが、各層に入り込んでの活動は益々盛んになっているようで、これに騙されないだけの知識が必要ですね。
Posted by 小楠 at 2006年08月24日 17:42
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