2006年08月18日

吉田茂元首相の回想

 本題に入る前に、日本の一般人もついに行動に出るようになったようです。靖国参拝阻止に現れた左翼を一般参拝者が排撃!!ビデオ映像があります。

 今日は吉田茂著「日本を決定した百年」の中の「思い出す侭」から引用してみます。
 吉田元首相の見識は、現政界にもぴったり当てはまるところがあり、読んでいてもなかなか頷くところが多い本です。
 共産主義国家の本質を見極めた上での外交政策なら、今のような目先の利益に惑わされることもないのでしょうが、現実は吉田元首相の危惧された方向へ向かっているようですね。
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引用開始
【政党政治は明朗に堂々と】
 わが国が自由国家群の一員として立つには、内政は民主的であり、その外交も国民の支持を得ているものであるということを明らかにせねばならない
 民主政治が確立しているということは、議会政治が常に民主的政党政治の線で行われることである。議会において暴力が議場を支配したり、利権をもって誘ったり、いかがわしき資金を集めてこれを散布して勢力を張らんとするが如きは大いに戒心せねばならぬ。かかる疑いを国会内外にさしはさまれるような政治では自由国家群の信用は得がたく民主政治が確立しているとはいえない。故にわが国の議会、政党政治は、もっとも明朗な堂々たる政綱政策の上に、堂々と行わるる事実を常に内外に明示せねばならない。即ち政党、議会、政府は政策を基礎とし中心として行動すべく、徒に権力に接近し若しくは維持せんがために動くべきではない。政党自身は勿論その心がけでなければならぬが、同時に国民も美名の下に怪しげな行動をなす政党に眩惑せられず、常に政界の動向に深甚なる注意を払い、民主政治、政党政治の確立にこころがけられたいものである。
 最近のわが政界には保守合同ということが唱えられているが、従来政界の安定を傷つけて恥じざる輩と合体して政界の安定を求めんとするが如きは、事情に通ずるものよりすれば解し難いところである。抱腹絶倒の限りと思うものもあるかも知れない。場合によっては一種の詐謀となる。そのために達成し得べからざる目標に向かって国民を走らしめるとしたらどうなるか。悪くすれば国民を欺いたということになり兼ねない。ひいてわが国の民主議会、政党政治はともに内外の不信用を買うことにもなる。政治家の深甚なる注意を促さざるを得ないのである。

【共産主義宣伝に乗る危険】
 万一いわゆる国交正常化が実現して共産国の大公使館をわが国に設置することとなれば、必ずや数百人或いはそれ以上の館員を有する大外交機関を日本に持ってきて国内宣伝、国内共産党の指導に当たらしむるであろう。占領中のソ連代表部は数百人の館員を東京に駐在せしめて宣伝に力を注いだ。占領軍の抗議により僅かに百余人となったが、今でもなお若干の館員を在住せしめ、いろいろな諜報や謀略を行っているときく。現に共産国との国交正常化が提唱されて以来まず目に付くのは、これまで鳴りをひそめていた共産党が俄かに活気づき、地下に潜んでいた数名の幹部が公然世上に顕われ、デモその他に活躍を始めたことである。
 共産主義宣伝の危険については今さら申し述べなくても明らかだと思うが、世間にはソヴィエトがこのごろ平和的な態度になったというので、警戒を解いてもよいかのようにいうものが多いのは解し難い。ソヴィエトが自国の都合と国際情勢とを考えて或いは威圧的に、或いは妥協的にその態度を変えるというのは、以前からの常用手段であって、その手先になつている共産党にしても同じである。愛される党とか何とかいっていたかと思うと、乱暴を働いたり火をつけたりする。それがまたこんどは愛される党になるというのである。隣国からすれば甚だ危険な国柄であるといわねばならない。こんな当てにならぬ危険な国と急いで親善関係を結ぶ必要がどこにあるか。国交の正常化を図るというのは結構なことのようだが、実は美辞麗句をもって人を欺くもので、飢えた虎の口中に自ら進んで投ぜんとするものである。

【期待できない対中ソ貿易】
 国交正常化の裏には通商貿易の開始をほのめかしておる。
 共産圏との通商開始によって日本の貿易の進展をはかるというので、これも誠に結構なことのようだが、果たしてそれだけの実績があげられるかどうか。考えねばならぬのはこれである。
 先年何とかいう婦人議員たちが北京で結んだと吹聴した三千万ポンドとやらの貿易協定なども、全く見せかけの宣伝で、実績はといえばほんの僅かで、有耶無耶になってしまっている。英国とソ連との貿易交渉において、ソ連の方で徒に総額の高を主張するので、「註文の総額よりもその内容を知りたい、何と何を、如何なる価格で、如何なる数量を註文するかの正確な数字が示されない限り商取引と考うべきではない」と、英国側で言い張った例もある。ソ連側はその註文を大げさに吹聴したにも拘わらずいよいよ話がその註文内容に立ち入ると、漸次註文の取引契約を取消しつつある実情である。
 対中貿易についてもその通りで、現に多年中国で商売をして来たジャーデン・マディソンの如きは、中国市場に失望してマレーに引揚げんと計画中であるときく。現在中共は主にソ連とのみ貿易しているのみである。かりに中共からわが国に相当の註文の申し出があったとしたところで、輸入に対する支払いを保証するものは結局は中共の輸出であるが、その輸出が対ソ貿易のみで大したものでないとするならば、輸入超過の場合にその支払いはどうするか。ここに大なる不安があり、終局においては支払不能となって勘定が後々まで残るといったことにならざるを得ない。
 貿易増進といっても相手のあることで、なかなか簡単でない。売っても代金がとれないで巨額の貸しとなって残っている例は少なくない。かかる貿易に多く期待することはできない。従って堅実な商社を引付けることは考えられない。即ち共産圏との貿易には大なる期待はかけられない。それにも拘わらず期待し得る如くいうのは見せ掛けである。
 一方またそうして多くを期待出来ない共産国との通商開始によって、台湾などとの現実の取引を失い、自由国家群に対しては、わが国外交の真意に疑惑をいだかしむることとなる。声のみ大なる共産圏との国交正常化は結局、日本にとって害あって益少なしということになる
引用終わり

 今の中国に当てはめて考えると、吉田茂は大変重要な指針を語りかけています。当時のまともな日本人は、政治家も国民も、まだ国家意識がしっかりしていたのでしょう。
 今のように国よりも個人、企業を優先的に考える風潮が結局は個人のためにも、企業のためにもならないことを、明確に言えるだけの見識と肝のすわった政治家を多く輩出させるのは、やはり国民自身の見識にかかっています
 幸い最近は、一昔前の”軽薄な進歩的文化人”の衰退や現在の朝日のような”程度の低いマスコミ”や”反日”の報道、言動に嘘が多いことが徐々に暴かれだして、マスコミの煽動には動かされない状況になりつつあることは喜ばしいことです。
posted by 小楠 at 08:04| Comment(2) | TrackBack(1) | 書棚の中の日本
この記事へのコメント
>国よりも個人、企業を優先的に考える風潮

戦争の反動+GHQのWGIPが今も影を落としているように感じています。企業の不祥事やニート問題など今の日本の様々な問題がここに結びついていると思うのは穿ちすぎでしょうか。

吉田茂の正論もさることながら、共産主義に対してここまでハッキリと主張していたことも初めて知りました。
Posted by j.seagull at 2006年08月18日 10:00
やはりその人間が育ってきた時代、教育環境がその人の人格に大きく影響するのでしょうか。
GHQによって、日本の精神文化までもが破壊されてしまった結果が、現状でしょう。しかし、親から代々受け継いできた教育がしっかりしておれば、まだまだ正常に返る余地は十分ありそうですね。
Posted by 小楠 at 2006年08月18日 10:52
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