2006年08月12日

東京裁判の正体8

 引き続き菅原裕著「東京裁判の正体」の中の判決批判の章から引用してみます。ここは判決宣告の内容についても、この裁判がいかに異常であったかを明らかにしています。当時の関係者は、いかに正当な主張をしても、すべて連合国の都合と当初の目的の前には、戦敗国の無力さ無念さを思い知らされただけのものであったのでしょう。日本が可哀想に感じます。
菅原氏は東京裁判で元陸軍大将荒木貞夫氏の弁護人として法廷に立たれた方です。
引用開始
【ずさん極まる判決】
・・・詳細に検討すれば実に奇奇怪々な判決文である。広田弘毅は軍事参議官(現役の陸海軍大中将に限る)になっており、荒木貞夫は国家総動員審議会総裁(総理大臣の兼任職)になっている。広田被告が文官でありながら、死刑になったのは軍閥の巨頭と誤解された結果とすれば大変な問題である。
 国家総動員審議会総裁は総理大臣の当然兼任すべきもので、初代の総裁は東條総理であった事を証拠調べの際とくに注意し、検事もそれは荒木が文部大臣時代の国民精神総動員委員長の誤りであることを認め、裁判長もこれを了承したところであった。しかるに肝心の判決文には依然として国家総動員審議会総裁になっているのである
 ここにおいて著者は多数派判事によって下された判決なるものは、公判審理に関係なく、あらかじめ別途に起草され、用意されていたものでないかを疑うのである。多数派判事はこの用意された判決原案を検討したり修正することもなく、広田軍事参議官や、荒木総理大臣のままいい渡したのではあるまいか。もし連合国においてこれを否定するならば、法廷において訂正され、記録にのっている事項が依然としてそのまま判決にのっている奇怪な事情を釈明すべき義務があると信ずる。
 フランス代表アンリ・ベルナール判事は多数派判決に反対して単独意見を発表したが、その中につぎの如く記載している。
 「判決文中の事実の調査結果に関する部分全部は起草委員によって起草され、その草案が進捗するにつれて起草委員会によってまず「多数」と称せられる七判事の委員会に提出された。この草案の複写は他の四判事にも配布された。この四判事は自分たちの議論内容に鑑みて自分らの見解を多数判事に提出することを要求された。そしてもし必要なら草案の修正のために。
 しかし法廷を構成する十一判事は判決文の一部または全部を論議するために召集されたことはなかった。ただ判決文の個人の場合に関する部分だけが口頭の討論の対象となった」
 果たして然らば、本件判決として多数派意見が宣告されたけれども、それは全判事の自由かつ隔意なき論議の結果作成されたものでない。これは司法裁判所の判決とはいいがたいのである。いわんや文明の名における国際裁判所の判決とは断じていい得ないものである。

【宣告方法の違法】
 裁判所条例十七条の「判決及び審査」には「判決は公開の法廷に於て宣告せらるべく、且つ之に判決理由を附すべし云々」とある。
 しかるに法廷はインド、オランダ、フランス、フィリピン、オーストラリアの各判事の少数意見の判決を認め、これを公表し、法廷記録に集録しながら、多数派意見をもって全裁判官の判決なるが如き形式をよそおい、これのみを公開の法廷において宣告し、少数意見の宣告をしなかったのである。これは公開の原則ならびに宣告の原則を無視した違法手続きである。
 
右条例には、判決には理由を附することになっているのに、宣告された判決はかたよった見方による日本の政治史、軍事史を羅列しただけで各被告の有罪を断じ、判決の理由たる事実と証拠の摘示はこれを欠いたのであった。
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 インド代表パール判事は1952年11月6日、広島弁護士会においてつぎの如く演説した。
 「1950年のイギリスの国際事情調査局の発表によると、東京裁判は結論だけで、理由も証拠もないと書いてある。ニュルンベルグにおいては、裁判を終わって三ヶ月目に裁判の全貌を明らかにし、判決理由とその内容を発表した。しかるに東京裁判は判決が終わって四年になるのにその発表がない。他の判事は全部有罪と決定し、私一人は無罪と判定した。
 私はその無罪の理由と証拠を微細に説明した。しかるに他の判事らは、有罪の理由も証拠もなんら明確にしていないのである。おそらく明確にできないのではないか。だから東京裁判の判決の全貌は未だに発表されていない。これでは感情によって裁いたといわれてもなんら抗弁はできまい
 要するに彼らは日本が侵略戦争を行ったということを、歴史にとどめることによって自己のアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去十八年間のいっさいを罪悪であると烙印することが目的であったにちがいない。
 東京裁判の全貌が明らかにされぬ以上、後世の史家はいずれが真なりやに迷うであろう。歴史を明確にする時がきた。そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはならぬ。・・・・これが諸君の子孫に負うところの義務である。
 私は1928年から45年までの十八年間の歴史を二年八ヶ月かかって調べた。とても普通では求められないような各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。
 満洲事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史をどうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流れて行くのを、私は見過ごして平然たるわけにはいかない。「あやまられた彼らの戦時宣伝の偽瞞を払拭せよ、あやまられた歴史は書き変えられねばならぬ」。
引用終わり

 私は今の日本の状態を引き起こしている根本原因が、この東京裁判と、これが発した「日本=悪」の思想の植え付けであると考えています。共産主義者はまた別としても、日教組教育を疑いも無く信じたまま、自分から疑問をもって真実を見極めようとしない人々が、今の反日、自虐史観の輩でしょう。そうなると彼らも一種の東京裁判の犠牲者かも知れません。
 パール博士が言われるように「誤った歴史は書き換えられなければなりません」ね。
 拙ブログの東京裁判史観の克服1〜5もご参考にして下さい。
posted by 小楠 at 08:29| Comment(2) | TrackBack(1) | 書棚の中の東京裁判
この記事へのコメント
東京裁判シリーズ,拝読しております。
歴史の必然と云われればそれまででしょうが,今の状況は英霊から与えられた真の国家建設のための試練かもしれないですね。ネット言論がその一端を担っているなんて,さすがの英霊も苦笑されてそうです。

とは云え,日本の近代史をよく勉強した上で敢えてリベラル左翼(日本は悪)を自称している連中もいることは確かです。そういう連中はやたらと屁理屈と言葉の揚げ足取りが上手い分だけ厄介なんですが,まず間違いなく特定アジア(特に中共)に向けた批判をしないのも特徴です。
結局,彼らとて戦後プログラムにしっかり嵌っている証拠です。彼らをさらにマイナーに追いやるには政・官・学の中枢を真正保守の手に取り戻すことが必要でしょうね。
ネット言論でどこまでできるかは分かりませんが,たとえ微々たる力でもやるしかないでしょうね。
Posted by kousotsudr at 2006年08月12日 11:24
kousotsudr 様、
いつも有難うございます。
この東京裁判とGHQの真相箱などの日本弱体化政策が、いかに今の日本を歪めてきたか。今になって困っているのもアメリカかもしれません。結果として都合がよかったのは中狂、ロシアそして反日の韓国や北。
日本人に今必要なのはこの東京裁判史観の呪縛を解くことだろうと思います。
すでにこの史観に凝り固まっている人々はさておき、正常に戻れる可能性のある多くの人たちに是非これを知らせて行きたいですね。
Posted by 小楠 at 2006年08月12日 13:01
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Tracked: 2006-08-14 02:19