2006年08月11日

東京裁判の正体7

 菅原裕著「東京裁判の正体」の中から特に私がこの掲載の主旨に必要と考える部分だけを引用し、東京裁判史観からの脱却を奨めたいと思います。
 今回はアメリカ人弁護人の正論の章から引用してみます。再度言いますが、検察側の反駁等は、マッカーサーが既にこの裁判が誤りであったこと、日本の戦争は自衛のためであったことを証言していますので、この裁判の前提となっていた日本の戦争が侵略であるという論自体が成立しないことから、予断に満ちた検事側や裁判長の発言は掲載の必要なしと考えるためです。
 菅原氏は東京裁判で元陸軍大将荒木貞夫氏の弁護人として法廷に立たれた方です。
引用開始
【ローガン弁護人】
 木戸被告担当のウイリアム・ローガン弁護人はアメリカ弁護団中最も活躍した一人であるが、彼は太平洋戦争部門の冒頭陳述で「日本に対する連合国側の圧迫」と題して、
「・・・欧米諸国は日本の権利を完全に無視して無謀な経済的立法を行ったこと、また真珠湾に先立つ数年間、故意かつ計画的に、しかして共謀的に、日本に対して経済的、軍事的圧力を加え、しかもその結果が戦争になることは十分に承知しており、そう言明しながら、彼らが右の行動をとったという事実があります。また肯定的弁護としてつぎの事実が証明される。即ち情勢はいよいよ切迫し、ますます耐え難くなったので遂に日本は、欧米諸国の思う壺にはまり、日本からまず手を出すようにと彼らが予期し、希望したとおり、自己の生存そのもののために、戦争の決意をせざるを得なくなった」。と痛烈にかつ詳細に、連合国の仮面を剥いだのである。
 そして彼は最終弁論を終わるや、判決を待たずに急遽帰国したが、東京を去るに臨んで全被告に対してつぎの趣旨の挨拶を述べた。
「私は最初日本に着いた時には、これはとんでもない事件を引き受けたものだと、後悔しないでもなかった。しかるにその後種々調査、研究をしているうちに私どもがアメリカで考えていたこととは全然逆であって、日本には二十年間一貫した世界侵略の協同謀議なんて断じてなかったことに確信を持つにいたった。したがって起訴事実は、当然全部無罪である。しかしこれは弁護人である私が二年半を費やし、あらゆる検討を加えてようやくここに到達し得た結論である。したがって裁判官や検事はまだなかなかこの段階に到達していないだろうと想像される。これが判決を聞かずして帰国する私の心残りである」。
【ブルックス弁護人】
 小磯被告担当のブルックス弁護人は連合国の対中国経済援助の不当を衝いて次のように述べている。
 「私の質問は或る特定の国と云うのではなくて、欧米に於ける勢力が、と云うことを申しておるのであります。結局この時期に於きまして、中国は他国から軍需品、武器等を受け取っていたのでありまして、しこうして日本はその結果としてこの騒擾に因る損害を被った国であるのであります。私としてはこの弁護のため、参考として中国に於きまして誰が武器を供給し、誰が軍事資材を供給し、これに依って日本の人たちが殺されたかと云う事情に付いて知りたいのであります。この武器が輸入され、そしてそのことに依りまして日本中国の間にいろいろな問題が起こり、日本がこれによって非常な損害を被っている、しかもそれは十五年に亙る長い期間であります。こう云うことは大事なことだと思います。弁護人と致しましては斯かる各種の不安それから恐怖感その他商業上のいろいろの錯綜する利害関係と云うものを調べまして、それが結局この両国に於けるところの敵対行為を開始する導因となったと云うことを発見致しますことが、本件と重大なる関係を持っておるものだと思考するものであります」。・・・

【カニンガム弁護人】
 大島被告担当のカニンガム弁護人はドイツ系アメリカ人といわれていたが、実に勇敢に、三国同盟部門で、検事団や裁判長と渡り合って論戦した。そして彼は裁判の中途ドイツに飛び、ニュルンベルグ裁判の実情を調査し、リッベントロップ被告の死刑執行直前に、その宣誓口供書を作成することに成功し、日本に帰って法廷に提出した。彼はデービス日記の「モスクワに使して」を証拠として提出し、検察側の異議に会うや、
 「・・・もしロシアが中国を援助しつつ日本に対してとった二面作戦の証拠が、日華両国間にアジアにおいて動乱を惹起せしめ、ついでロシアが現在中国において共産主義を通してなしているごとく、これに介入せんとする希望を有していたことを立証せず、従って本証拠調べが重要でないとするならば、おそらく弁護側の太平洋戦争の原因に関する理論は、起訴状および罪状項目が述べたところとは食い違うことになるでありましょう。アジアは当時も今日も、平和の確立と維持に対するロシアの干渉、すなわち共産党の干渉によって悩まされております。しかしロシアの対中国援助こそ、日華間の平和を妨害せる重大要因であったのであります・・・」。
と陳述した。これに対しウェッブ裁判長は、
「本審理に政治的論争を持ち込もうとしたのは弁護人検察官を通じて、カニンガム弁護人一人であります。弁護人の議論は最も浅くてからっぽのものであります。日本がソビエトに対して示した敵対行為は宣戦布告をしないたんなる国際紛争のみでありました。しかし民主主義を最も主張している平和愛好国アメリカおよびイギリスに対して攻撃をしたのであります。そしていかなる形をもってしておろうとも、全体主義と戦う唯二つの国であるアメリカとイギリスを破壊せんと、日本は試みたのであります。・・・
と興奮しながら痛罵した。
【ファーネス弁護人】
 この時、重光被告担当のファーネス弁護人が立ち上がって、
 「ただいまの法廷の言葉はわれわれ弁護団と致しまして、抗議を申し入れねばなりません。すなわち日本が大英帝国ならびに合衆国を攻撃し破壊せんとしたという言葉に対し、抗議を申さねばなりません。いわゆる太平洋戦争段階に関する証拠は、まだ提出しておりませんし、それによりまして、まだ本問題についてなんらその段階における争点について、決定に達していないと考えております。これらの事項は最も根本的な問題でありまして、これは将来証拠に基いて決定せねばならない事柄であります。かかる言葉は二度われわれは聞きました。抗議を申し入れます」。
と警告した。裁判長は、
 「私が申した言葉の中には各被告個人を含むような言葉は、絶対に申しておらないということを申し上げます」。と逃げを打ったので、ファーネス弁護人は、
 「しかしこれら被告は政府を支配していた者、あるいは政府の代表者として訴追されているのであります。いわゆる一般段階がいま行われているのでありますが、この一般段階においてわれわれは一般的な弁護を一般的な証拠をもってなすのであります」。
 と侵略を前提とする先入感を抱く裁判長を強くたしなめた。これは単にウェッブ氏が裁判長に不適任というばかりでなく、戦勝国の敗戦国人に対する戦争裁判自体が不合理であるという本裁判の根本に触れた問答であった。
引用終わり。

 このように裁判長であるウェッブが最初から日本に敵対した考えと態度をとっていましたが、これはこの裁判の結果を当初から暗示しています。武器も捨て、抵抗不能な状態の日本に対して、強権力で脅しながら進める審理のどこが裁判といえるでしょうか。最初から日本は連合国の言いなりになるしかなかったのです。裁判は、最もらしい体裁を世界に見せかけて、日本の指導者を処刑するための手段としか考えようがありません。
posted by 小楠 at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
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