2006年08月10日

東京裁判の正体6

 裁判長のウェッブは、ひたすら裁判長に選んでくれたマッカーサーの恩に酬いるべく占領軍の意図通りの成果をあげようと裁判を進めました。この本にもありますが、著者は本裁判の長には日本を知悉し、世界情勢や国際法に明るい世界的な権威者、例えばアメリカのグルー氏かイギリスのクレーギー氏の如き人物を選任されんことを要望したのですが、結果は豪州の一判事が任命されたのであるとしています。
 菅原裕著「東京裁判の正体」の中から特に私がこの掲載の主旨に必要と考える部分だけを引用し、東京裁判史観からの脱却を奨めたいと思います。
 今回は審理状況の章からポイントとなる部分を引用してみます。
 菅原氏は東京裁判で元陸軍大将荒木貞夫氏の弁護人として法廷に立たれた方です。
引用開始
【ウェッブ裁判】
 ・・・・本裁判の手続き法としては・・・・大体において英米法に拠る場合が多かったが、特殊な点においては裁判長は独特な方法によって、自ら裁定を下して審理を進めた。故にアメリカ弁護人諸君は常にこの裁判は英米法による裁判ではなく、ウェッブ裁判だと憤慨していた。
・・・略・・・
 ウェッブ氏は公平なる裁判官として、日本が侵略したかどうかを審理するのではなくして、日本が侵略戦争を行ったということを大前提として、この事実に対する、もっともらしい理屈付けと、証拠固めをすることが、その使命であったようだ、彼はそれを明確な自分の義務だと公言した。
 支那事変関係の冒頭陳述において、ラザラス弁護人が中国共産党が蔓延し、やがてそれが日本自身に蔓延することは、日本の破滅になるであろうと日本が恐れていたことを陳述し、さらにトルーマン大統領が今日防共声明を出しているが、被告らは1937年(昭和12年)当時すでに予見していたことを主張せんとするや、ウェッブ裁判長は「アメリカ弁護人として、この連合国の法廷が、敵側の宣伝と称せらるべきことに対して、(この法廷が)示しておるところの寛容と忍耐力を、あまり利用しないで下さい」と抑えた。そして、「私はイギリスの判事、オーストラリアの判事であります。したがって不必要に自分の国家、またはここにおる十一カ国の判事の代表する国家を侮辱されるような言葉はこらえることはできません。私にとり自分の国に対する忠誠心というものは、この上もないものであります。これ以上のものはなんらありません」と述べた。この敵対的な憎悪の一言!戦勝国の利益代表!これがどうして、世界平和のための公平な文明の名による国際裁判の裁判長の態度であろうか
・・・略・・・
 裁判長の右隣はアメリカ代表のクレーマー少将、左隣が中国代表の梅判事であり、その隣がソ連代表のザリヤノフ判事であった。クレーマー氏は謹厳な軍人であり、ほとんど裁判長と私語することなく、裁判長は常に梅判事と相談して審理を進めていたが、この梅判事こそは、国民政府と行動を共にせず、現在中共に残って司法部で活躍している人であることを知れば、ウェッブ裁定がどんなものであったか、想像に難くないであろう。
・・・略・・・
 本裁判の記録を読む人は誰でも、本裁判の審理が弁護側提出の証拠をいかに制限せんかとの苦慮に終始していることに気づかれるであろう。ウェッブ裁判長の職務は日本の侵略否定に関する被告らの主張なり立証なりを、いかに抑えんかの努力に尽きている。
・・・略・・・

【証拠の却下】
 本裁判は日本は侵略戦争を行い、無条件降伏をしたと断定し、これを前提として審理を進めた。したがってわれわれ弁護人が主として争わんとした、侵略戦争に非ずとか日本軍隊は無条件降伏したけれども、日本国は無条件降伏したのではなく、ポツダム宣言なる有条件降伏をしたのであるから、連合国の同条件無視は許されぬ、という主張のごときは考慮されず、これに対する立証も認められなかった。たとえば「荒木被告の皇道思想や、従来とった行動は侵略思想とは正反対だ」というが如き立証は、性格証拠だとして却下し「その当時大臣でなかったという証拠があるなら出せ」とか、「真珠湾を奇襲しなかった」という証拠があるなら出せ、というのが彼の根本的態度であった。

【証言台の元満洲皇帝】
 昭和21年8月16日、元満洲国皇帝溥儀氏が証言台に立った。
 背丈もずんぐりとして、顔色浅黒く脂ぎって乱れた頭髪を額に散らした精悍な風貌は、背高く貴公子然ととりすました往年の皇帝をまぶたに画く者にとっては、およそ似ても似つかぬ風采面容であって、期せずしてにせ者ではないか、の声さえ湧き上った。
しかもその証言が進むにつれ、その供述は日本国民を唖然たらしむるばかりであった。
 「この八紘一宇なり、日本の神道の精神に基きまして、梅津は日本政府の内命を受けて、私に対する圧迫執行者となって来たのであります。従いまして日本は一方に於いては武力的侵略を行い、他方に於いては宗教的侵略を行うて、そうして全世界人をして日本の奴隷に化せしめようとしたのであります。そうして日本は東三省を以って神道的侵略の試験地とし、其神道的侵略を始めたのであります。即ち日本が斯かる武力的侵略の下に於いて一切の自由を奪い、即ち私の口も手も自分のものではなし、言うことも何も出来ないし、一切の自由を奪ってしまったのであります」・・略・・
 いかにソ連に捕われの身とはいえ、あまりにも甚だしきその態度の豹変ぶりに驚き、きく者みな口をきわめて罵倒し、日本はこの不良児を永年の間世話をしてきたのか。皇室もまことにお気の毒であったと臍をかむ者も多かった。
・・・略・・・・
 満洲皇帝同様数人の将官たちがソ連に拘禁されたまま、あるいは宣誓口供書をつくらされ、あるいは直接証言台に立つべく、日本に空輸されて来た。その中の一人草場辰巳中将は、昭和21年9月20日夜、検察側監視の隙を窺って自決した。
 拘禁中に作成させられた口供書が、その本意でないことは想像に難くない。しかもソ連の粛清工作には常にこの偽りの口供書がつきものである
・・・略・・・
 しかしいやしくも、もと軍の幹部として栄位にいた者として、遠く異境において作成した口供書はとにかく、今、故国に還り、かつての上官、同僚の罪を裁く資料として証言を徴せらるるに際して、どうして嘘がいえようか。いわなければ殺されることは必定だとすれば、いわずに死んだ方がどれだけましか知れないと、意を決して懐かしき故国の土と化したことは、武人として本懐であったであろう。
・・・略・・・
引用終わり。 

 溥儀の証言を読んでいると、まさしく共産党の言うままに言わされている感がします。侵略と言う言葉があれだけの短文の中に何回と無く出てくるのも違和感がありますね。しかも「世界人をして日本の奴隷化せしめようとした」等の大嘘はソ連共産党が世界を赤化し奴隷化しようとの企みがあるからこそ出てくる発想でしょう。
なお、この虚偽証言については、最近出版されたジョンストンの「紫禁城の黄昏」上下を読むとよく判ります。但し岩波書店版は大事な部分の削除(私には意図的な、左翼特有の削除と思いますが)などがあり真実が判りません。
posted by 小楠 at 07:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
この記事へのコメント
「紫禁城の黄昏」から受ける溥儀の印象と、東京裁判証言台の様子から受ける印象はあまりにギャップがありすぎですよね。私は「紫禁城の黄昏」以降の溥儀についてはまだほとんど知識がないのですが、何があったとしても、その証言内容は本人の意志とは違う何かが影響している気がしてなりません。

あと岩波版が削除されたとされる章を扶桑社の完訳版で読むと、岩波が削除したくなる気持ちが分かる気がしました(笑)
Posted by j.seagull at 2006年08月10日 12:24
>>岩波が削除したくなる気持ちが分かる気がしました。

もう見抜かれてますねー。共産系は歴史の書き換え、捏造、隠蔽、何でもありですからね。
しかし、岩波のやっていることは、嘘を売っていることで、犯罪ものですよ。
Posted by 小楠 at 2006年08月10日 12:28
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