2006年08月08日

東京裁判の正体4

 ここでは連合国の言うA級戦犯を裁判し得るかどうかに関する、「平和に対する罪」の管轄問題についての論争を掲載してみます。
 菅原裕著「東京裁判の正体」の中から特に私がこの掲載の主旨に必要と考える部分だけを引用し、東京裁判史観からの脱却を奨めたいと思います。
 菅原氏は東京裁判で元陸軍大将荒木貞夫氏の弁護人として法廷に立たれた方です
引用開始
【論争の意義】
 連合国は本裁判設置の根拠を日本のポツダム宣言受諾(ならびに降伏文書の調印)に置いている。そしてポツダム宣言にはその第十項につぎのような規定がある。「・・・吾等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては峻厳なる正義に基き処罰を加ふべし・・・」このいわゆる「俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人」の中に、通例の戦争犯罪以外に「平和に対する罪」の如き広義の戦争犯罪が含まれているかどうかによって、連合国がA級戦犯を裁判し得るか否かの根本問題がわかれるのである
この問題に関しては1946年5月13日清瀬弁護人(東條被告担当)が大部分の被告を代表して「当裁判所の管轄に関する動議」を陳述したのであった。この日の論争は本裁判中の白眉で息づまる思いがした。これは本裁判所の管轄権の当否に関する根本問題であるばかりでなく、「日本軍隊」の無条件降伏をもって「日本国」の無条件降伏となす連合国側の詭弁を衝いたもので、まさに歴史的文献と信ずるから、次に要旨を摘録して大方の参考に供する。
[第一点 本裁判所は平和に対する罪ないし人道に対する罪につき裁判する権限はない]
 最高司令官によって定められた法廷憲章は平和に対する罪ないし人道に対する罪という規定を設けているが、連合国においてかくの如き罪に対し起訴をなす権限もなければ最高司令官もまたこの権限がないわけである。・・・・その当時まで世界各国において知られていた戦争犯罪ということの意味は、戦争の法規、慣例を犯した罪という意味で、その実例として常に挙げられているものは、1、非交戦者の戦争行為、2、掠奪、3、間諜、4、戦時反逆の四つであって、戦争自体を計画、準備、開始、実行した事を罪とするということは1945年7月当時の文明各国の共通の観念ではなかった。
 とくにわが国とドイツとの降伏の仕方のちがう特殊事情については十分にこれを考慮せねばならぬ。ドイツは最後まで抵抗して、ヒトラーは戦死し、ゲーリングも戦列をを離れ、遂に崩壊して文字どおり無条件降伏した。それ故にドイツの戦争犯罪人にたいしては、連合国は極端にいえば裁判をしないで処刑することもできたかも知れぬ。しかるにわが国は連合国が日本本土に上陸しない間に発せられたポツダム宣言を受諾した。このポツダム宣言の第五項には連合国自身も、以下の条件はこれを守るといっているのである。すなわち民事的用語をかりれば、わが国は一つの条件付申し込みに対して受諾したのである。故にニュルンベルグ裁判で平和に対する罪、人道に対する罪を起訴しているからといって、それを直ちに東京裁判に持って来ることはできないのである。
 連合国は今回の戦争の目的の一つが国際法の尊守であるといっている以上、国際公法の上から見てもウォア・クライムスの範囲を超越せらるることはまさかなかろうと、われわれは確く信じていた。日本国民もさように信じ、ポ宣言受諾を決した当時の鈴木貫太郎内閣においても、その条件の一つである戦争犯罪人の処罰も、世界共通の用例によるものと信じていたのである。受諾してしまうと当時とは違う他の罪を持ち出して起訴するということは、いかがなものであろうか。
・・・略・・・

[第二点 太平洋戦争以外の戦争や事変に管轄権はない]
 ポ宣言の受諾は7月26日現在で、連合国とわが国との間に存在していた戦争、われわれが大東亜戦争といい、諸君が太平洋戦争といわれた戦争の戦争犯罪人に限定すべきで、この戦争に関係がなく、すでに過去において終了している戦争を思い起して、起訴されたことは不思議に堪えない。
 その一つは遼寧、吉林、黒竜、熱河における日本政府の行動を、戦争犯罪と致している。これは満洲事変を宣告なき戦争と見てのことであろうが、満洲事変の結果、満洲国ができ、その満洲国は多数の国によって承認されている。
 ソ連も東支鉄道を満洲国に売却した以上、満洲国を承認せられたものとわれわれは解釈している。すでに古き過去において結了した歴史である。
 さらに驚くべきことは、1938年8月および1939年9月に、日ソ間において協定が成立したところの張鼓峰事件、ノモハン事件まで起訴されている。しかも日ソ間には1941年4月には、中立条約が締結され、1945年7月26日には、なんら戦争状態は存在しなかったのである。[管理者注:張鼓峰事件、ノモハン事件については2006年9月号の「正論」で、公開されたソ連の文書から、これはソ連側からしかけた国境紛争であったことが明らかにされているようです。]

[第三点 太平洋戦争の交戦国以外の国に関する事項に管轄権はない]
 わが国とタイ国とは戦争はおろか、同盟国であって戦争犯罪などあり得るはずがない。かりにあったとしても、タイ国は連合国ではない。したがってこの裁判の対象たるべきでない。
・・・略・・・
 両検事(キーナンとコミンズ・カー)ともに文明の擁護のために裁判しなければならないといわれる。それは私も同感だ。しかしいわゆる文明の中には条約の尊重、裁判の公正が入っていないであろうか。もしポ宣言の趣旨が、私の申す通りであるなら、いままでの行きかがりにとらわれず、断然この起訴を放棄することが文明のために望ましき措置と思う。

【ファーネス弁護人の追加申し立て】
 裁判所はこれで公正なる行動ができるであろうか。この法廷の管轄権の根源はポ宣言である。戦争犯罪人に対して厳正なる裁判をするということである。
 本裁判所の原告は、日本が戦争をし、いまなお戦争状態にある諸国、日本を敗北せしめた諸国、日本の降伏を受諾した諸国である。この裁判所の各判事は最高指揮官によって連合国の提出した表より選出された者で、開廷の日、裁判長がいわれたとおりこの判事は日本を敗北せしめた国を代表しているものである。この起訴状にある犯罪は、これらの諸国に対する犯行である。すなわち戦争を計画し、開始し、遂行したというのであり、またこれらの諸国に対する条約の違反である。
 これらの諸国は、被告人がこの犯罪に関して有罪であることを、確信していればこそ、この起訴状の各訴因は提起されたのであろう。われわれはこの裁判所の各判事が明らかに公正であるにかかわらず、任命の事情によって決して公平であり得ないことを主張する。この裁判は今日においても今後の歴史においても公正でなかった、合法的でなかったという疑いも免れることはできない。
 被告は中立国の代表によって裁判されることができるのである。中立国は戦争の熱情および憎悪から脱している。かかる国の代表者による裁判こそ合法的であり、公正で普通の裁判ができると信ずる。よって本裁判所の構成は適当でないものと主張するものである。
引用終わり。

 ここは、この裁判の構成自体が、戦勝国の者たちが戦敗国を裁くという全くリンチそのものであることを言っています。この戦争に中立であった国の代表者による裁判こそが合法的、公正といえるにもかかわらず、裁判長までもが予断を持っていたことは、記録から明らかです。
posted by 小楠 at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
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