2006年07月31日

東條英機宣誓供述書

 日経新聞が騒がせた「富田メモ」に関連して、反日や左翼がいうA級戦犯の代表格として、当時の首相東条英機氏の裁判での宣誓供述書から当時の日本の立場を見てみましょう。
 この内容は、1951(昭和26)年3月の米国上院軍事外交合同委員会に於けるマッカーサー証言を一読の上ご覧頂ければ、マッカーサーの認識とこの供述書の内容の一致していることが判ります。
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「大東亜戦争の真実」(東條英機宣誓供述書)から、最後の部分を引用して掲載してみます。

引用開始
【対ソ外交と共産主義】
 日本はいまだかつて検察側の主張するがごとき、ソ連邦にたいし、侵略をなせることはもちろん、これを意図したこともありません。わが国はむしろソ連邦の東亜侵略にたいし戦々兢々その防衛に腐心し続けて来たのでありました。
 ことに昭和7年(1932年)満洲国の成立以後においては、日本はその防衛の必要と、日満共同防衛の盟約とに基き同国と協力し、隣邦ソ連にたいし、満洲国の治安確保とその防衛に専念し来たのであります。しかして日本陸軍としては、この目的を達するための軍事整備の目標を主としてソ連極東軍においていたのであります。したがって、日本陸軍の対ソ作戦計画の本質は対ソ防衛であります。その計画の内容に攻撃の手段を含んでおりますが、これは国家が万一開戦を強いられた場合において採るべき戦闘手段を準備計画せるものであり、わが方より進んで戦争することを意味するものではありません。
 また、決して侵略を目的としたものでないことはもちろんであります。なお大東亜共栄圏に西比利亜(シベリア)地域を国家の意思として考えたこともありません。
 本法廷において検察側よりいわゆる「関特演(関東軍特種演習)」計画に関することが証拠として提示せられておりますが、これとてもこの範囲を出づるものでなく、かつこれは一に資材、人員の補充を計ったものであります。
 他面日本の対ソ外交は常にソ連邦との間に「静謐保持」を以って一貫した政策としておったのであります。支那事変ついで太平洋戦争発生後においては、日本は北辺に事無からんことに常に細心の注意を払いことに1940年(昭和15年)4月、ソ連邦との間に、日ソ中立条約の締結を見たる以後においては、これが堅持を基本として対ソ平和政策を律して来たのでありまして、1945年(昭和20年)8月同条約の有効期間にこれを破って侵略を行ったのは日本ではありませんでした
 他面帝国は第三インターナショナルの勢力が東亜に進出来ることに関しては深き関心を払って来ました。けだし、共産主義政策の東亜への浸透を防衛するにあらざれば、国内の治安は破壊せられ、東亜の安定を撹乱し、ひいて世界平和を脅威するに至るべきことをつとに恐れたからであります。
 これがため、国内政策としては1925年(大正14年)治安維持法を制定し(若槻内閣時代)1941年(昭和16年)更にこれを改定し、以って国体変革を戒め、私有財産の保護を目的として共産主義による破壊に備え、また対外政策としては、支那事変において、中国共産党の活動が、日支和平の成立を阻害する重要なる原因の一たるにかんがみ、共同防共を事変解決の一条件とせることも、また東亜各独立国家間において「防共」を以って共通の重要政策の一としたることも、これはいずれも東亜各国協同して東亜を赤化の危険より救い、かつ自ら世界赤化の障壁たらんとしたのであります。これら障壁が世界平和のためにいかに重要であったかは、第二次世界大戦終了後この障壁が崩壊せし二年後の今日の現状が雄弁にこれを物語っております。

【戦争の責任は我にあり】
 本供述書は事柄の性質が複雑かつ重大なるよりして期せずして相当長文となりました。ただ私は世界史上最も重大なる時期において、日本国家がいかなる立場にあったか、また同国の行政司掌の地位に選ばれた者等が、国家の栄誉を保持せんがため真摯に、その権限内において、いかなる政策を樹てかつこれを実施するに努めたかを、この国際的規模における大法廷の判官各位に御了解を請わんがため、各種の困難を克服しつつこれを述べたのであります。
 かくのごとくすることにより私は太平洋戦争勃発に至るの理由および原因を描写せんとしました
 私は右等の事実を徹底的に了知する一人として、わが国に取りましては無効かつ惨害を齎したところの1941年(昭和16年)12月8日に発生した戦争なるものは米国を欧州戦争に導入するための連合国側の挑発に原因しわが国の関する限りにおいては自衛戦として回避することを得ざりし戦争なることを確信するものであります。なお東亜に重大なる利害を有する国々(中国自身をも含めて)がなぜ戦争を欲したかの理由は他にも多々存在します。・・・ただわが国の開戦は最終的手段としてかつ緊迫の必要よりして決せられたものである事を申上げます。
 満洲事変、支那事変および太平洋戦争の各場面を通して、その根底に潜む不断の侵略計画ありたりとなす主張に対しては私はその荒唐無稽なる事を証するため、最も簡潔なる方法を以ってこれを反証せんと試みました
 わが国の基本的かつ不変の行政組織において多数の吏僚中のうち少数者が、長期にわたり、数多の内閣を通じて、一定不変の目的を有する協同謀議(この観念は日本には存在しないが)をなしたなどいう事は理性ある者の到底思考し得ざる事なることがただちに御了解下さるでありましょう。私はなぜに検察側がかかる空想に近き訴追をなさるかを識るに苦しむ者であります。
・・・略・・・
 終わりに臨み―恐らくこれが当法廷の規則の上において許さるる最後の機会でありましょうが―私はここに重ねて申し上げます。日本帝国の国策ないしは当年合法にその地位にあった官吏の採った方針は、侵略でもなく、搾取でもありませんでした。一歩は一歩より進み、また適法に選ばれた各内閣はそれぞれ相承けて、憲法および法律に定められた手続きに従いこれを処理して行きましたが、ついにわが国は彼の冷厳なる現実に逢着したのであります。
 当年国家の運命を商量較計するのが責任を負荷したわれわれとしては、国家自衛のために起つという事がただ一つ残された途でありました。われわれは国家の運命を賭しましたしかして敗れました。しかして眼前に見るがごとき事態を惹起したのであります。
 戦争が国際法上より見て正しき戦争であったか否かの問題と、敗戦の責任いかんとの問題とは、明白に分別のできる二つの異なった問題であります。
 第一の問題は外国との問題でありかつ法律的性質の問題であります。私は最後までこの戦争は自衛戦であり、現時承認せられたる国際法には違反せぬ戦争なりと主張します。私はいまだかつてわが国が本戦争をなしたことを以って国際犯罪なりとして勝者より訴追せられ、また敗戦国の適法なる官吏たりし者が個人的の国際法上の犯人なり、また条約の違反者なりとして糾弾せられるとは考えた事とてはありませぬ。
 第二の問題、すなわち敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任であります。この意味における責任は私はこれを受諾するのみならず真心より進んでこれを負荷せんことを希望するものであります。
引用終わり。

 断っておきますが、日本に戦犯はいません、かれらは「昭和殉難者」と呼びます。戦犯は当時の敵国からの見方であり、日本国内では東條英機氏が述べているように、当時の上層部に対して、戦争責任者または敗戦責任者と言うのが妥当です。
posted by 小楠 at 08:12| Comment(6) | TrackBack(2) | 書棚の中の東京裁判
この記事へのコメント
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Posted by たいげろ at 2006年07月31日 14:53
お知らせ有難うございます。
早速貼らせて頂きました。どんどん増えていますね。楽しみが増えたような・・
Posted by 小楠 at 2006年07月31日 15:37
戦勝国が敗戦国を裁く、一方的にA級戦犯として処刑された東条英機氏他13名の昭和殉難者の無念さは如何様なものであったでしょう。歴史の中で真の愛国者であったと評価され、国内外へ広認識される日が来て欲しいものです。
Posted by カピタン at 2006年07月31日 16:39
>>戦勝国が敗戦国を裁く
戦争犯罪は戦勝国にも数多くあり、リンドバーグの本等でも取り上げています。
しかし、連合国側には一人として戦犯がいない。こんな裁判を未だに有り難く唱えている馬鹿な日本人がいるということをもっと大々的に国民に知らせるべきですね。
Posted by 小楠 at 2006年07月31日 18:01
この供述書も、パルの判決書も、「アメリカの鏡」も、占領下では闇に葬られていましたね・・・。

戦後日本を見なおす時、占領期こそが最重要時期であり、東京裁判も当然取り上げられねばならない重要なテーマ。

占領期にかけられた呪いがどんなものであったか、どんなことを戦後日本は忘れているのか、彼は戦後言われてきたような人物だったのか、東條宣誓供述書(あるいは東京裁判それ自体)はホントに面白いところです。
Posted by 何某 at 2006年07月31日 19:16
>>占領期こそが最重要時期
確かに、ここを正していかないとだめですね。日本人にはまず東京裁判がいかにでたらめなものであったか、いわゆる東京裁判史観を払拭してしまわないと、まともな議論ができない状態でしょう。古賀などの政治家は、逆にこの史観を利用しているとしか思えません。
Posted by 小楠 at 2006年07月31日 20:57
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