2006年07月27日

終戦前夜

近現代史の復習・最終回
  今回で近現代史の復習の最終回とします。
 「近現代史の必須知識」を参考、引用して、日本人として知っておくべき近現代史を簡潔に掲載してきました。学校では習わなかった(教えられなかった)ような内容も多々あったと思いますが、その部分が戦後の日本教育の歪であると理解されれば、反日や左翼の意図が見えてくるのではないでしょうか。

 【大東亜会議】
 「大東亜会議」が開催されたのは1943(昭和18)年11月5日で、ドイツの敗色はすでに濃くなっており、日本の劣勢も明らかになってきていました。
 参加者:日本首相東条英機、中華民国政府主席汪兆銘、満洲国国務総理張景恵、ビルマ(現ミャンマー)政府主席バー・モウ、フィリピン大統領ラウレル、タイ国首相ピプン名代ワンワイタヤコン殿下
 陪席者:自由インド仮政府主席チャンドラ・ボース
 日本は、戦争協力を得るという国益を優先させながらも、アジアの独立を支援しようという考えや動きがあったことも事実です。フィリピンやビルマは戦時中に独立を確定しました。
 日本に味方し、日本が敗れた場合には、民族独立運動そのものがつぶされるかも知れない。また個人的には抹殺されるかもしれないという危険があります。そうならないためには日本を批判しておいた方がよい、日本に抵抗しておいた方がよい、と考えるのは当然です。ビルマ・インドネシアは最終的にはそのように振舞いますが、それはお互いの立場を理解しあってのことです。
 日本の中にも、せっかく獲得したものを手放して独立させるのは損だという気持ちもあったでしょうが、やはり独立を助けるのが正しいという思いもあったはずです。そうでなければ、敗戦後2000人もの多くの日本人が現地に残り、インドネシア独立のため、再び植民地支配に戻ってきたオランダ軍と戦い400人が命を落とした説明がつかないでしょう
 1957(昭和三十二)年来日したインドネシアのブン・トモ情報・宣伝相は日本の政府要人に「ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。・・・・日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。・・・・独立は近いと思った。そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、われわれがやらねばならなかった。それなのに日本だけに担当させ、少ししかお手伝いできず、誠に申し訳なかった」と述べています。インドネシアやビルマの親日感情はこうしたところから生まれたのです。
 そして終戦後、日本に戦い方を教わった彼らが中心となって、次々と欧米の植民地から独立を勝ち取っていったことは厳然たる事実です。

 【カイロ会談】
 1943(昭和十八)年11月、ルーズベルト大統領・チャーチル首相・スターリン・蒋介石主席がカイロで会談し、日本に無条件降伏を要求し、降伏後の日本の領土決定、朝鮮の独立などを話しあったが同意に至らず流産になりました。

 【ヤルタ会談】
 1945(昭和二十)年2月、ルーズベルト大統領・チャーチル首相・スターリン書記長とで協議したのが「ヤルタ会談」です。ルーズベルトはスターリンに、ドイツ降伏の3ヶ月後に対日参戦するよう要請し、その見返りとして帝政ロシアが日本から奪われたとする旅順や南満洲鉄道の権益を与える密約を交わしました。
 アメリカが支那の権益をソ連に約束するということはどういうことか。それは日本には認めないと言い続けてきた支那の諸権益を、共産主義ソ連には認めるということで、アメリカの提唱する支那の「門戸開放」は「まやかし」ということになります。

 【東京大空襲と全国無差別爆撃】
 1945(昭和二十)年3月9日深夜から10日未明にかけて300機以上のB29が東京下町一帯を無差別爆撃しました。犠牲者は10万人以上といわれています。以後東京空襲は130回に及びます。その後も全国61都市に無差別爆撃を行い、広島、長崎の原爆も含め、空襲による被害者は50万人以上と言われます。
 非戦闘員に対する無差別殺戮という非人道的蛮行は戦時国際法違反です。

 【ソ連の侵攻】
 1945(昭和二十)年4月5日ソ連は翌年4月に満期になる「日ソ中立条約」の期限を延期しないことを通告してきます。
 6月22日政府はソ連大使を通じ、ソ連に終戦のための仲介を依頼しましたが、「ヤルタ会談」での密約で対日参戦を決めているソ連が仲介に立つはずはありません。
 広島に原爆が投下されたと知ると、8日ソ連は日本に宣戦布告し、9日午前零時ソ連の大軍が「日ソ中立条約」を一方的に破って、満洲の国境を侵犯してきました。

 【無条件降伏ではない】
 「ポツダム宣言」は「日本国」の無条件降伏を規定していると思っている人がいるが、そうではありません。「日本国軍隊」の無条件降伏であって、「日本国」の無条件降伏ではないのです。「ポツダム宣言」が要求しているのは「吾等は日本国政府が、直ちに『全日本国軍隊』の無条件降伏を宣言し、且つ右行動における同政府の誠意につき、適当且つ充分なる保障を提供せんことを、同政府に対し要求する」です。
 日本は「ポツダム宣言」の諸条件のもとに降伏したのであって、日本の「主権」まで占領軍に差し出したわけではありません。しかし日本が無条件降伏したかのような誤った考えを日本人に信じこませ、一切の反論を許さず、占領統治に徹底的に服従させられたのです。

 以上で近現代史の復習は終わりますが、大東亜戦争の様々な論評については、拙ブログ、カテゴリー「書棚の中の戦争」もご参照下さい。

posted by 小楠 at 07:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 近現代史の復習
この記事へのコメント
「近現代史の復習」大変読み応えあるシリーズでした。冒頭述べられていますが、反日や左翼が目論んだ戦後教育の結果が現代社会の精神破壊に繋がっていると思います。しかし戦後61年目を迎え、ようやくにして元来の日本へ戻ろうとしているのが幸いです。これからの日本は、反日や左翼に対して厳しい社会の目が向けられていくでしょう。
Posted by カピタン at 2006年07月27日 09:06
とても解りやすく整理されていたのでおかげさまで日本の歪められていた近代史を改めて正しく良く理解できました。自国の歴史は自国の民自信が賢くなければ他力・自力でどのようにも歪められてしまいます。日本国民が賢くなっていつも監視できるように草の根的に盛り上げて行きたいと思います。
Posted by ケイさん語録 at 2006年07月27日 18:24
小楠様、「近現代史の復習」お疲れさまです。
個人的には悔恨にしろ、無念にしろ感情的で(バイアスがかかった)政治思想的な目で歴史を見てしまう傾向がどうにも戦前・戦中世代にはあるように思います。
それにプラスして「閉された言語空間」と媒体支配(「学校」「マスコミ」などによる情報供給の独占)がありましたから酷い有り様になったと。

時代的にも、情報供給の場から見ても「近現代史の復習」は面白いですね。


PS.
ブログの移転先もアメブロの方から
http://nanigasi00toua.blog63.fc2.com/
こちらに移る事に決まりました。
リンクの変更等、煩わしいことと思いますがどうか宜しくお願い致します。
Posted by 何某 at 2006年07月27日 18:24
カピタンさん
>>反日や左翼に対して厳しい社会の目が向けられていくでしょう。
是非そのような、反日や左翼は無視できる社会になって欲しいですね。

ケイさん
>>日本国民が賢くなっていつも監視できるように草の根的に盛り上げて行きたいと思います。
一つ一つは微力でも、世の中に正しい意見や歴史の真実を訴えるページがどんどん増えていくのは嬉しいですね。

何某さん
今回は考えるところもあって、シリーズで掲載してみました。
新しいブログの開設お疲れさまです。
早速リンクの変更もさせて頂きました。
Posted by 小楠 at 2006年07月27日 21:23
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