2008年01月31日

昭和初期日米平和への道

深まりゆく日米の危機7
今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。

最終引用開始
 平和的手段において国力の増進を計らんためには、これを産業の発展に求めなければならないのである。しかもこの産業化を継続して行くためには、各国共に原料の供給を広く世界に求めなければならぬ。又その原料によって精製された商品は、広く世界の市場にその販路を開拓しなければならぬ。ここに原料の争奪戦と市場の開拓戦が起って、国と国との間に新しき錯雑した関係が結ばれ、新しき競争の関係が生まれる。この競争が政治的勢力と結託する場合にしばしば平和の撹乱となり、戦争の誘因となるのである。
 されば現代における著名な現象は各国民の産業化であると同時に、将来における戦争の禍根もまたこの産業化に胚胎していることは拒めない事実である。今後欧州諸国がその産業化によって国力の回復を図り、商圏の拡張によって戦争の創痍を癒さんとすれば、どの途英米二国の産業市場に衝突しなければならない。・・・・・
 たとえ世界平和のために、いかなる科学的基礎に立つ計画として、多くの協約又は機関ができてもこの現実の情勢に直面しては、国家の対立と国民の欲望が消失せざる限りは、到底戦争の防止が生優しい条約の文面で確保され得るものではない。

 英人ホーマー・リーの言によれば、欧米を通じて紀元前十五世紀以来現代に至るまで、三千四百年間における平和の年数は僅かに三百四十年に過ぎないということである。これを観ても人類の進化は戦争を原則とし、平和を変則とするかに考えられるのである。・・・・・
 ウィルソン以下代々の大統領によって累次に提唱されたいわゆる科学的基礎に立つ平和手段の協約は、畢竟一時しのぎの気休め粉飾に過ぎないのであって、これを以て次代のベスト、エージ(Best age)を想像するのは、まだまだ前途遼遠であろうと思うのである。
 然しただその現実の方法たる軍縮条約だけは、何と言っても力の制限であって、勢力の不均衡を釘着するものである。もし一度弱小国に不利な軍縮協約が成立すれば、その以後において両国間の葛藤には必ず強大国は、その強大の勢力を利用するに遅疑しないであろう。利用とは何ぞ、戦わざるも威嚇するであろう。威嚇して効力がなければ戦ってその目的を達するであろう。これ最小の経費を以て最大の利益を収得するのであって、世界の利得は強大国においてのみ享受する事が可能となるのである。かくのごときは生物界の原則に順応するものであろうか、また果して世界の平和を永続し得べき方法であろうか。否々、文化の普遍せる今日において国際的平和を保持せんとする無二の手段は、各国共に他より乗ぜられざるだけの軍備を整頓するに若くはないのである。これだけの準備さえあれば、他の強国に対しても相互の利益を交換し、ともに相当の体面を以て平和を保持することが出来るのである。・・・・・

 不戦条約は成程国際紛争の平和的処理方法の原則を掲げているが、未だ平和的処理方法の最後の手段には触れてはいない。もしここに不信の国家たとえば英米二国のごとき世界の最大強国が有りと仮定すると、いかに国際紛争の平和的処理方法即ち仲裁裁判、国際司法裁判若しくは調停のいずれかを強制しても、その判決若しくは判定を忠実に履行しなかった場合には、更にこれに対して制裁若しくは強制執行を加える方法が確立していない間は、世界平和の維持は不可能であり、戦争の不安は除かれたものとは言えないのである。不戦条約はこれらに関して全く不問の状態に置かれている。
 かくてはいつの軍縮会議も五国共各々その国情に応じて必要な軍備の保有量を固執するのは至当であって従来の軍縮会議の失敗もまたこれに外ならないのである。されば今次のロンドン会議も徒に平和の美辞麗句を並べ立てるよりも一層真摯なる国際政情を吐露しあって、百尺竿頭一歩を踏越え、不戦条約に残された最大の欠陥を補修し、国際聯盟機関と相俟って一層強固な安全保障を成立せしむべきであった。
 しかしフーバー大統領が不戦条約が成立した今日においては各国の軍備は全く攻撃的使用の存在理由を失い全然防禦専用物と化したと幾たび叫んだとて、そはただ強国のたわ言であって、国際正義の強圧保障の確立せざる限りは、弱者にとって三文の気安めにもならないのである。されば戦争を可能に導くような軍縮会議は何処まで行っても正当であり得る道理がないのである。

 英国の海軍論者の権威ヘクトル・シー・バイウォーター氏はその著『海軍と国民』において米国の真意をすっぱ抜いている。
『英米均等に対する米国の要求は主として太平洋における現状維持を高唱せんとする希望によって促進されたものに相違ない。言い換えれば英国海軍は表面のダシに遣われて、それにまで達せなければならぬ勢力の標準に使われたので、米国の真の目的は日本を凌駕して五分の二の優勢を維持するに在る。何となれば日本は将来において、最も多くその可能性を有する敵国と見做されているからである』
と言っている。
 米国があくまでこの心持を棄てないで自己の準備が海軍の全体に亘って五分の二優勢になるまで、種々なる術策を廻らして日本の手足を縛って置こうとしていることは、その後の協定協約においても想像されるところである。あたかも朝に一柵を屠り夕に一城を抜くというジリジリ攻めの堅靭方法を執っているのである。これは我々の最も慎戒を要するところで、自ら恃むべき確固たるものを持っておることの必要なるゆえんである。・・・・

日本は屡次述べたように、支那に対する利害を壟断する意志は毛頭なく、またそれだけの資力もない、ただ既得の権益を擁護して自然の発達を望んでいるばかりで、それを疑うのは米人と支那人ばかりである。我国の外務当局は何よりもこの誤解の一掃に努力し、然る後自主的発動者となって、以上の大経綸を英米二国に開陳すべきである。・・・・
理想なき国家は、理想なき個人のごとく、ただ現在に陶酔して繋がざる舟のごとく随波逐浪、何時の間にか酔生夢死の境遇に堕落せざるを得ないのである。
全引用終わり

26回26日に亘ってこの本からの引用を掲載致しましたが、昭和初期の特に米国の動きがよく判る内容だったと思います。このような状況を知った上で、大東亜戦争の原因を理解しておくことが現在の日本人に必要なことではないでしょうか。
posted by 小楠 at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の戦争
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