2008年01月30日

条約と国家の興廃

深まりゆく日米の危機6

今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。

引用開始
 ロンドン海軍条約は、米国の日本攻勢作戦の完全なる輪郭をまんまと机上に勝ち得たものである。もしこの条約が効力を発生する時機に達すれば、米国各地の造船所では新鋭艦船の建造と東洋進攻の意気込みで勇ましい張切ったハンマーの音が響き渡るであろう。これに反して日本の工廠では廃棄艦船の解体にニューマチックの張合い抜けした悲しき響きが、そぞろに哀別の情をそそるであろう。
 拵えあげると毀しに掛るとは一鋲を打込む職工の指の先にも少なからざる影響を及ぼすものである。ましてそのつもりで櫛風沐雨の猛訓練を積み幾度か生死の境を潜って国防の重責を自認している軍人にとっては、その志気に及ぼす影響も決して少ないものではあるまい。僅か三ヶ月ばかりの口先き外交で、みすみす唯一の恃みを誇った潜水艦二万六千トンを削られ、遥かに優勢のトップを切った巡洋艦に足踏み姿勢で他国の追い着くまで待たされてはいかに勇武な軍人でも悲憤の涙は乾く暇もあるまい。・・・・

 これらの人々にスチムソン国務卿の言は何と響くであろう。『こういう風に日本の手を縛る協定に応じた日本当局の勇気に対しては、自分は只々脱帽して敬意を表するのみである』
 身に沁み渡る皮肉ではないか。こんな得手勝手の条約が、国際親善とか負担軽減とかの空名の下に効力を発生すれば、国軍の志気に至大の影響をもたらすものと知らなければならない。
・・・・
 人種的偏見に強猛なアングロサクソン人は有色人種をどこまでも下等のごとくに見くびっている。ただ利益の伸張のために支那にお世辞を使っている米人の、その本国における支那移民の迫害は果して国際的良心のあるものと言い得られるであろうか。日本もお多分に洩れず、米国の海軍拡張案の可決ごとに日本移民に対する迫害は加わったのである。日本の武力を認識している米人は、どこまでもこれを弱めて自己の私欲をほしいままにせんと計画しているのである。
 今や彼等は世界に恐るべき他の強国を持たない。内は充実して手足は健やかに発達しかけて来た。日本を壊滅しさえすれば、ここ一世紀や二世紀は東洋における彼等の仕事は充分あるのである。豚は取りたし番犬は怖いというのが米国人の心持である。・・・・
 彼らが道義的責任呼ばわりして、中米に悪虐の手を広げているのも自らその行為を正義の仮面に掩わんとするからである。されば彼等の悪業の前には欺瞞の正義が先駆をなし、悪業の後には道義の詭弁が後衛をなすのである。・・・・


 米国が豁然大悟、従来の誤解を一掃し、独善の意地張りを棄てて快く日本と手を携えて公正に支那の開発に従事すれば、日本は悦んで之が協同の責任を尽すであろう。これこそ支那を利し、日米を益する唯一有効の方法である。軍縮会議もここに達して始めて合理化されるであろう。・・・・
 自家屋上の火は何を措いても払わなければならない。吾人の平和愛好にも限りがあり、謙譲にも程度がある。不当の条約に卑屈の譲歩をなし、国際親善に仮託して無用の遠慮をなすことは決して平和を将来するゆえんではなくて、かえって戦争を挑発するゆえんとなる。我の遠慮謙譲はたまたま以て我が能くなすなきが故に然るものとなし遂に叩頭の上に更に土足を加えんとするまでに至ることを期さなければならぬ。最後の手段に訴える時には外濠が埋っておってはならぬ。今次の条約は速やかに改訂すべきものである。・・・・

 さてこの必敗比率の六割とはどこにその典拠があるかと云えば、独将クラウィゼヴッツ大将の『大戦原理』から変形したものであって同書は主として陸上作戦を論じたのであるが、『攻撃軍は五割以上の優勢率』を必要とするという結論に到達したので、これを海軍に適用し米海軍では夙にこれを信じ、また兵棋演習その他に就いてこれを実証しておるのである。
 而して優勢率とは甲軍(優)と乙軍(劣)の差を乙軍で除したもので、・・・・
そこで六割と七割を優勢率に当てはめれば
10−6=4、4/6=0.67・・・・優勢率五割以上
10−7=3、3/7=0.43・・・・優勢率五割以下

となるのである。米国が六割を強い、日本が七割を主張するのは、この根拠があるからである。・・・・・
 日露戦後世界大戦(第一次)までには極東に対して一定の方針を以てその海軍を建造したものはなかった。露国の方針は崩壊し、米国の計画は日に月に変易しておったのである。また英国は同盟の誼によって日本の患いをひくものではなかった。我等の国防学者は止むを得ずんばドイツ海軍を以て我が国防の標準とすべしと言ったくらいである。・・・・
 然るに大戦後の米国は遂に極東攻略の一定方針の下に秩序的段階を踏んで、その海軍を整備するに至ったのである。ここにおいてか日本に新しき重大なる脅威を感ずることとなったのみならず弩級超弩級と新造艦船が総ての旧式軍艦を使用に堪えないようにした。日本はここに確然たる想定敵国を見出してこれに対抗し得るだけの軍備を整頓しなければならなくなった。そこでわれわれの研究し得たる結果は、想定敵国の我が主要の海面に派遣し得べき全勢力に対し、これを撃破し得べき程度を以て最低標準となすことであった。・・・・・・
 ロンドン条約は一部の政治家や当面の面目をつなぐようなそんな小さい問題ではないのである。実に日本の興廃を決する問題である。否、黄色人種一般に係る重大な意義を持っている問題である。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 書棚の中の戦争
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