2006年07月23日

靖国神社と富田メモ

 昨日のエントリー「富田メモの政治利用」の後半部分に靖国神社の歴史について掲載しておきましたが、ここでは戦後の靖国神社について、「近現代史の必須知識」から、今回の富田メモを考える上で参考になる点を掲載して見ます。

【戦犯の靖国合祀】
○ 1951(昭和26)年9月8日サンフランシスコ講和条約が調印され、これと共に神道令等占領軍の行政指令は事実上効力を失いました。
 吉田首相は10月18日講和条約調印を英霊に報告するため、靖国神社を参拝しました。

○ 1952(昭和27)年4月28日講和条約が発効し、日本の独立が実現すると、戦犯の早期釈放を求める一大国民運動が起こりました。当時引き続き服役しなければならない戦犯が1200人余りいましたが、釈放を求める署名は4000万人も集まりました。このような世論を背景に「遺族救護法」「恩給法」の改正が図られることになり、その中心になったのが、社会党(右派)の堤ツルヨ衆議院議員です

○ 1953(昭和28)年には「戦犯の赦免に関する決議」が衆参両院で圧倒的多数で可決。「戦傷病者戦没者遺族等救護法」の一部改正で、戦犯裁判で死刑・獄死した人の遺族にも「遺族救護法」が適用されることになり、弔慰金・遺族年金が受給できるようになります。刑死・獄死は「法務死(公務死)」とみなされ、受刑期間は公務従事と認定されます。さらに停止されていた軍人恩給が復活しました。
 「法務死」と認定されたことにより刑死者・獄死者は靖国神社への合祀の認定基準に達したことになります。

○ 1958(昭和33)年5月末日までにすべての戦犯が釈放されました。
 
 要は「戦犯」は国内法上「犯罪者」ではなくなったということです。つまり「戦犯」と呼ぶのは旧敵国であって、我々日本人は「罪人」とは見做さないのです。それは決して一部の日本人の考えではなく、日本の国会で国民の総意で決議したことです。

≪戦犯合祀≫
○ 1959(昭和34)年厚生省通達に、戦犯裁判での法務死亡者も合祀対象となることを明記、この年以降1973年までにB・C級戦犯が合祀されました。

○ 1966(昭和41)年、最後にA級戦犯の合祀が認められましたが、「靖国神社国家護持法案」(前回記事参照)促進運動との絡みで合祀は遅れます

○ 1978(昭和53)年松平宮司がA級戦犯14柱が未合祀であることを発見し、10月の例大祭前日に合祀祭を行いました。

○ 1979(昭和54)年4月、新聞に報道され一般に知られることとなります。

 このように、B・C級はもちろん、いわゆるA級と言われる「戦犯」は「国事殉難者」と位置づけられたのです。靖国神社では「幕末殉難者」「維新殉難者」という表現に倣って「昭和殉難者」と呼ばれています。
 なお毎年8月15日に日本武道館で、天皇皇后両陛下も首相も参列して営まれる「全国戦没者追悼式」の「戦没者の霊」には、いわゆる「戦犯」はA・B・C級を問わず含まれています。その証拠に「戦犯」の遺族にも厚生労働省から招待状が送られています。

★ 国内では「戦犯」と呼ばれる人は1958年以降「昭和殉難者」として、犯罪人ではありません。これを犯罪人と見るのは旧敵国側に立った見方ということになります。但し、戦時中、早期の和平も可能であったかも知れないところ、あの惨めな敗戦に至った点について、国内的に敗戦の責任者が、国内法で裁かれるのであれば正当であったと思いますが、ここで大切なことは、戦時中からルーズベルト・チャーチルなどがドイツに対したと同じく、敵国に無条件降伏させるという方針であったことも、彼の戦争を長期化した原因の一つであると考えています。
posted by 小楠 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(5) | 日本人の独り言
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