2008年07月02日

スマトラからの密使

アチェ民族とオランダの抗争

 ご存知の方には興味深い本ではないでしょうか。インド独立とは切っても切れない人物・藤原機関のご本人(明治四十一年生れ)の著です。
 表題は「F機関」副題として「インド独立に賭けた大本営参謀の記録」となっています。昭和六十(1985)年初版の本から抜粋してご紹介します。

引用開始
 三月の初め、軍司令部から次のような電話がかかってきた。
スマトラのアチェから、日本軍との連絡のために重要な密使がピナンに到着し、ピナンの軍当局から送致してきたから藤原機関に引渡す。直ちに案内者を司令部に派遣せよ」と。
 私は山口中尉からこの報告を聞いて雀躍するほどうれしかった。マレイから潜入したFメンバーが潜入に成功し、しかもアチェ民族が、日本軍に呼応して決起する用意にありと直感したからである。この密使は中宮中尉に案内されて機関に到着した。一組の密使はトクムタ氏ほか三名からなり、二月十三日、ブサ団から派遣されたものであった。いま一組の密使はトンクアブドルハミッド氏ほか三名からなり、二月二十日、ブサ団から派遣されたものであった。いずれも日本軍当局に、アチェ民族のオランダに対する抗争状況や、日本軍に対する忠誠の誓いを報告し、日本軍の急援を要請する使命をもってきた決死の密使であった。・・・・
 密使の報告によってわれわれは初めてアチェの驚くべき情勢を知ることができた。またスマトラのオランダ軍に関する最新の情報を詳細に知ることができた。密使の語るスマトラの情勢は次の通りであった。

 1940年5月、オランダが独逸に蹂躙された当時から、アチェ人の間に民族運動の意識が復活し始めていた。日、独、伊三国同盟以来、緊迫する太平洋情勢に即応して、オランダ政府は色々の戦時の法令を造ってインドネシヤ民族を防衛に結束せんとしたが、これらの措置はかえって民衆の反感を募らせつつあった。12月8日、日本軍がマレイに進撃を開始すとのニュースを聞くや、ブサ及びブサ青年団の幹部は、全アチェの各支部に遊説して「いついかなる土地に日本軍の進駐をみる場合においても、直ちにこれを歓迎し、かつ日本軍の要求するいかなる援助をも与うべし」との宣伝を開始していた。ハンリマサキ氏とトクニア・アリフ氏が指導に当った。
 12月中頃にはトクニア・アリフ邸でブサ団の会長トク、モハマッド、ダウッド、ブルウェー氏始め、首脳五名が密会して堅い誓約を交わした。その誓約は、「回教および民族、祖国に忠誠をを誓い、大日本政府に忠誠を尽くし、共にオランダに抗争し、ブサの名において暴動を起こす」との内容であった。
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posted by 小楠 at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の人物