2008年04月28日

知ってはならない歴史4

韓国併合で知ってはならない歴史2

若狭和朋氏の著「日本人が知ってはならない歴史」という本をご紹介しています。教育学博士若狭氏は、公立高校の教師を平成15年に退職後、現在は人間環境大学講師です。
「知ってはならない歴史」というのは、知られては困る歴史という意味である。私たち日本人に知られては困る歴史・史実とは何だろう。だれが困るのだろうか。

引用開始
 李朝では清国の干渉を逃れるために、密かにロシアに接近する構想が練られ始めていた。1885年(明治十七年)一月に甲申事変の後始末のための漢城条約の交渉が始まると、ウラジオストックに密使が派遣された。策謀者はメレンドルフ(清国政府推薦のドイツ人外交顧問)である。
 メレンドルフは謝罪使として東京を訪れているが、滞在期間の大部分をロシア公使館書記官スペールとの会談に費やしている。メレンドルフは天津条約に言う朝鮮軍隊の訓練にあたる第三国にロシアを当てようとしたのである。彼は清国の顧問官であり、清国を裏切ったようではあるが、清国もロシアを「利用」する気持を抱いていた。それは清国へのロシアの圧力を朝鮮経由で日本に充てようという以夷制夷策に出ている。
 メレンドルフの提案をスペールは受諾した。
 ところが、四月十八日に天津条約が締結され日清両国以外から軍事教官を招くべきことが決められると、李朝政府はアメリカから軍事教官を招くことを決定した。
 六月に漢城に到着したスペールは違約を責めるが、外務督弁・金充植は不知として相手にならない。交渉は紛糾した。

 こうしたなかで朝露密約の存在が暴露された。内容の要点は次のようである。
1、金玉均がウラジオストックに来れば、ロシアは逮捕して朝鮮政府に引き渡す。
2、日本への賠償金はロシアが日本政府への影響力を行使する。
3、外国が朝鮮を攻撃するときはロシア軍が相手となる。
4、朝鮮の海軍の代行をロシアが担当する。

 外務督弁・金充植らがウソを言ったわけではない。ウソを言ったのではなく、李朝内部の意見の分裂が露呈されたのである。・・・・
 甲申事変後の朝鮮政府内では、閔氏派は清国への服属を嫌い、もっと強大なロシア帝国の力に依存しようとする別の事大主義が力を得ていた。
・・・・朝鮮半島は、ロシアのものになると列強は見始めた。果然、イギリスが動いた。
 明治十八(1885)年四月、イギリス艦隊は朝鮮半島の南端の巨文島を占領した。朝鮮海峡を扼するこの島は、ロシアの東洋艦隊の行動を同時に扼する位置を占めている。ロシアはイギリスに抗議して、巨文島の占領を続けるならば自国も朝鮮の一部を占領すると主張した。イギリスは聞かずに、砲台構築を進めた。
 英露交渉は二年間にわたったが、清国の仲介で、ロシアは朝鮮を占領しないと宣言したことで、そしてこれを清国が「保証する」という了解のもとで、英国艦隊は去った。

続きを読む
posted by 小楠 at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚から真実を