2008年03月21日

ある兵士の支那事変23

ああ『兄さん』の戦死

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載しています。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回はこのシリーズ第一回目にあった、ずっと一緒に過ごし、『兄さん』と呼んでいた石原上等兵の戦死の様子です。
写真は対岸からの敵弾を浴びてクリークを渡る部隊
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引用開始
 潜山で久し振りの宿営だった。石原上等兵が何か妙に浮かぬ顔をして私の横へ来る。「兄さん、どうした」「ウーム」空返事をして私の話に乗って来ない。そして木切れで地面を叩きながら「オイ、谷口、わしの飯たいてくれんか」といった。「エー?」と私は自分の耳を疑う。戦争に次いで、炊事といえばいつでも諸肌脱いで鉢巻までしたがる石原上等兵が、これはまた私に飯をたいてくれとは何としたことだろう。私は眉をひそめて石原上等兵を見た。「崑山以来だ。久し振りでお前がたいた飯盒の飯が喰いとうなった」
 私は不思議に思いながら飯盒二つに粟を入れ、木を集めてしきりと火を吹いていると、石原上等兵は傍に腰を下ろしてじーっと私を見つめている。煙が目に入って涙が出た。
「兄さん、少し今日は変だぞ」飯盒はボーッボーッと湯気を噴いた。やがて二人で並んでつつくと、石原上等兵は「うまい、これァうまい。これァ腕がいい」といった。私はふと胸を突かれる。自分の腕が自慢で滅多に他人をほめたことのない石原上等兵が、これはまた何とした優しいことだろう。何かこの日に限って割り切れないものが石原上等兵にあった。さて寝ようとすると、石原上等兵は急に背嚢から新しいシャツを出して着替えはじめた。「おい兄さん、えらくしゃれるな」「ウーム、ちとしゃれんとな」そして私の首を抱いた石原上等兵は、寝たまま目を開いて話し出す。

「小林伍長はどうしたろうなァ」「○隊へ付いたからちょっとは会えんぞ」「ウーム、一体わしら、支那へ来て街をいくつぐらい通ったろなァ」「兄さん何を云い出すかわからんぞ。街なんて、天津から石家荘、それに杭州湾、南京・・・つまらんこというな・・・」
私は何か、あまりに不思議な今宵の石原上等兵に腹さえ立つ気持だった。そこへ「オイ、ここはあいとらんかッ」と声がして歌野曹長が入って来た。歌野曹長は空席をみつけると、いきなり、背嚢から新しい褌を出してズボンを下げて取り代え出した。
「曹長殿、お召代えですか」と私は思わず聞く。
「ア、ちとしゃれんとな」私は驚いた。「おかしいなァ、石原もそんなこといってシャツを代えるし、曹長殿は褌をかえられるし、今日は一体何でありますか」
「ホー、石原も代えたかい・・・そりァわしら二人は明日あたり、やられるかな。それじゃ谷口、貴様帰還したら靖国神社で二人分参らにゃいかんぞ。今晩のうちにわしが持っとる金を墓参りの旅費がわりに貴様にやっとこうか」
そして三人がワッハッハッと声を出して笑った。
 一夜は明けて出発、本道上を潜山へと約三十分も急行軍すると、クリークの橋が焼き落されていてその対岸の丘陵から敵の機銃が唸りたてた。
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posted by 小楠 at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変