2008年03月14日

ある兵士の支那事変18

敵の逆襲で失った戦友の仇討ち

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載しています。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は敵の意外な逆襲で戦死した戦友に怒り、仇討ちの戦闘です。
写真は敵弾に傷つく勇士をいたわる部隊長
seiya18.jpg

引用開始
廣徳、寧国の討伐をすまして帰ると、蕪湖には酒保が開かれていた。ドーッと歓声をあげて羊羹やキャラメルなど待ち焦れた甘いものを争って買い喰いしていると、間もなくこんどは蕪湖と寧国の間にある石キ鎮という小さな部落へ警備のため出動命令が出た。・・・・
 どうかすると、敵斥候が歩哨線を突破して私たちの陣地の中までウロウロと迷いこんでくる。そこで私たちは歩哨線の二十メートルほど前に鳴子をつくってこの迷子の斥候をつかまえることにした。 鳴子は木の枝を立て列べて垣をつくり、これに針金を引っ張って缶詰の空缶をさげて置いた。・・・・ある夜カランカランと空缶が鳴りだした。同時にパンパンと銃声が夜の静けさを破って聞えてきた。ソレッというので鳴子のところへ駆けつけて見ると、鳴子の針金を足に巻きつけて敵の斥候が二人射殺されていた。・・・
 二人の敵斥候は夜目にもまだ年若い兵隊だということがはっきりわかった。敵でさえなかったら、さぞ善良な少年だろうと思われた。・・・

 私は荒木准尉について蕪湖へ帰ることになった。一線に警備の戦友たちと別れて蕪湖に帰りつくと夜の十一時をすぎていた。久方ぶりで懐かしい蕪湖の宿舎の飾りたてた室に横になってウトウトすると、突然、荒々しい靴音がして「オーイ! 誰か来てくれッ!」と怒鳴る声が聞えた。私はハッと胸をつかれて飛び起きた、入口へ上衣なしで駆けて行くと、木村伍長が全身血まみれの姿で立っている。
「どうされましたッ!」「負傷者を連れてきた!」と木村伍長は、吐き出すように荒い息でいった。「負傷者?」私は棒立ちになった。
 私が発つまであんなに静かだった石キ鎮の一線になにか起ったのだろう。「石キ鎮の警備一線が敵の逆襲部隊に包囲されたんだ。まだパンパンやっとる。連れてきた負傷兵は十二名だ」と木村伍長が叫んだ。表の暗がりに片手を手拭でゆわえたまま立ったり、寝転がったりしている戦友の姿が見えた。「水をくれんかッ」と誰かが叫ぶ。「畜生めッ! やりやがった」とまた誰かが叫ぶ。「谷口ッ!」と木村伍長がまた叫んだ。そして私の肩に手をかけると耳に口を当ててささやきながら声を殺して泣いた。「千場大尉殿は戦死されたぞ・・・」
 みんなが黙っていた。声を出せば怒鳴らないではおれない気持だった。敵逆襲部隊のため友軍の警備一線が包囲されて十数名の戦友が傷つき、あるいは倒れ、そのうえ、人望を集めていた千場大尉までが戦死された――この憤懣の情をどう処理したらいいかわからなかった。・・・・

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posted by 小楠 at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変