2008年03月13日

ある兵士の支那事変17

鉄鎖に繋がれた支那兵機関銃手

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載しています。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は鎖で足を繋がれた機銃座内の支那兵からの攻撃です。
写真は山麓の部落に突撃する我が部隊。
seiya17.jpg

引用開始
 チェコ機関銃や水冷式重機など一ぱい分捕って山岳地帯の討伐戦から蕪湖へ帰ると『ノッポの李』が「飛機来々」と叫んだ。空を仰ぐと高く雲の間を重爆八機が翼を連ねて飛んでいる。カモフラージュのしてない真白な文字通り銀翼がキラキラと陽の光に輝いていた。揚子江上から軍艦「○○」が○○砲を射ちだした。爆撃機は心よいエンジンの音を空一ぱいに響かせて私たち頭の上を旋回した。やがてすさまじい轟音が街はずれに起って、大きな地ひびきと共に街々の家が地震のように震えた。爆弾は飛行場に落されたらしい。銃を射っても弾はとどかない。私たちは荒木准尉と一緒に双眼鏡を目に当ててこの高くて小さな敵爆撃機の姿を眺めた。やがて敵機は私たちの頭上を横切るとそのまま揚子江に出た。ここで鳥の糞のように爆弾を落して姿を消した。

「来やがったなァ!」とみんなが顔を見合わせてつぶやく。ここにはまだ高射砲もなければ友軍の飛行機も一台も来ていなかった。ただ目で迎えて目で送るよりしかたがなかった。私はふと気がついて「李ッ!」とよんだ。どこにも姿は見えない。ハテ? と思って屋上から階下へおりた。階下の奥の間で李は寝台の下へもぐってちぢこまっていた。
「李ッ! なにをしている」、「飛機来々飛機来々」という。そして大きな円い顔を青くさせて寝台の下から動こうとしなかった。・・・・
 ふたたび寧国、廣徳に向って大討伐戦に出動の命令が出た。いくつもの部隊が続々と蕪湖を発って行った。一寸ほど延びた麦畑はカラカラに凍って風が鼻を削ぐように吹いて行った。線路を伝って寧国に向うと、例によって鉄橋が一つ爆破されていた。鉄橋はたいして大きなものではなかったが、対岸には立派な掩蓋機銃座が二つ、鉄橋近くに現れた友軍の道路斥候を見てけたたましく鳴りわめき、一歩も河を渡らせまいとした。○砲が河岸まで出て直射でこれを射った。が、どんなに射っても二つの機銃座は鳴りを沈めない。強行渡河以外にはないので、燃え残った橋脚を伝わって対岸に突撃、敵機関銃座を通り過ぎて左へ廻っても敵の機銃は平気で鳴りつづけている。半分呆れ顔で後方から機関銃座へ躍り込むと、全身血まみれとなった敵が二人、ただ前方を視て死骸の中で重機の押し鉄を握っていた。二人とも固く鎖で足をつながれている

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posted by 小楠 at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変