2008年03月08日

ある兵士の支那事変13

南京への途、クリーク突破

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回はクリーク渡河作業の工兵の苦労と足を鎖で繋がれてトーチカを死守する支那兵。
写真は仮橋を渡って突撃する我が部隊
seiya13.jpg

引用開始
工兵隊が架橋材料をもってクリーク岸の私たちのところへ這って来た。廣徳を出て山岳地帯を抜けた部落の端のクリークで、私たちは追いかけていた敵の尻尾をつかまえてしまったのだ。南京へ、と気は焦ったが、クリークがあってどうしても突撃できない。結局工兵の架橋を待つよりほかはないことになった。
 私たちは工兵の到着を見てその架橋の掩護のため、岸からクリークの中の三角州へ飛び出して行った。三角州には一ぱい葦が生えている。この葦の中へ踊り込む私たちを見て、対岸の敵は強行渡河されるものと思ったのか、対岸の一切の火器を動員して慌ててこの三角州を射ちまくった。それを見て真裸になった工兵が三角州から離れた下手へ材木をもって飛び出して行った。友軍の重機が岸から対岸めがけて猛烈に唸った。私たちは対岸の敵を全部三角州へ牽制して、ここから射ちまくった。弾は葦に当ってサ、ササササと大雨のような音をたてた。葦が切れて射たれた矢のように私たちの顔に刺さった。

「ヨイ、ソレ、ヨイショ!」という勇ましい工兵の気合いが聞えて来る。射って射って射ちまくる友軍重機の音で、空気がすっかり熱くなったような感じだった。「いいか、大丈夫か!」と叫んで衛生兵の小林伍長が三角州と土手の間を走り廻っている。まだ「小林ッ、衛生兵!」とよぶ声は一つも聞えて来ない。「伝令!」と呼ばれて私は荒木准尉のところへ駆けよった。私は○隊本部との伝令もやることになっている。葦の中で命令を復誦していると、その声が弾の音で吹き飛んで自分の耳にも聞えないほどだった。三角州を出て土手に登る。土手のところに小林伍長が伏せていて、私を見てニッコリうなづいた。「本部へ行ってみい、兄さんが御馳走しているぞ」といった。『兄さん』の石原上等兵は、きょうは本部にいるらしい。弾の中でも食物の話だけは忘れなかった。・・・
 本部に飛び込んで命令を復誦して伝えると坂本大尉が、「よろしい、御苦労だった。あそこで何か温かいものでも喰って行け」といわれた。隣室で石原上等兵が上着を脱いで鉢巻をしていた。「サァサァサァ」と手を叩いて、「ゼンザイ、支那酒、御飯にニワトリ、菜ッパはお汁で、ガチョウの漬物なぞいかが・・・」といった。
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posted by 小楠 at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変