2008年03月06日

ある兵士の支那事変11

杭州湾の敵前上陸4

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回はいよいよ壕から出て敵陣への突入、崑山攻略の部分です。
写真は城壁を乗り越えて敵陣へ
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引用開始
敵の陣地が一度に大火薬ででも炸裂したように、ダーンダーンと幾十とも知れない機銃が喚きつづけた。このすさまじい銃砲火の狂乱の後になにが来るかを私たちは長い戦闘の経験で知っていた。私たちの壕の中には忽ち生々としたものが甦って来た。「野郎いよいよ逃げ出すな――」とみんながつぶやく。そして早速背嚢を背につけて、いつでも壕を飛び出せる用意をした。戦場では兵隊というものは実に不思議なほど瞬間瞬間で変化をする。豆が出来て、もう一歩も歩けないという兵が散開すると、歩けぬ筈の足で立派に畑を蹴って突撃するし、眠気なぞ何処にあるかという顔で走りわめいていた兵がちょっと休止すると、もうぐうぐう眠ってしまったりする。いまもそうだ。焦躁と疲労の極ドロドロの壕の中におのおのの生気を溶かしこんでしまつた兵たちが、猛烈な銃火が敵の敗走準備を意味すると知るや、とたんに、シャンと張りきってきた。そして、口惜しくて口惜しくてたまらない敵だ。全滅してもいいからこの壕を飛び出して敵の機銃座へ銃剣を突きつけたいと思った。こんどこそ、どんなに逃げても必ず追いついて突き刺してやろう、とみんな考えた。果して夜中近くになると敵の銃火が、人の足音にピタリと鳴き声を静めるコオロギのように、寒々と衰えて来た。・・・・

「前進!」と命令が出た。一切の疲労が消し飛んだ。一足飛びに右側の機銃座へ飛び込むと、敵の死体と死体の間へグチヤグチャと足を突っ込んでしまった。抜こうとすると、一つの死体が私の足をしっかりとつかんだ。「畜生!」と怒鳴って刺そうとして気がついた。敵の死体が両手で私の足を掴んだのではない。私は死体のポケットの中へ足をふみ込んでいて、なかなか抜けないのだった。・・・・
 駅を過ぎて崑山の街へ雪崩れ込むと街の真中を幅四十メートルほどのクリークが流れていた。クリークの橋を一気に渡ろうとすると、対岸の民家からビューッビューッビューッとチェコ機銃が鳴って戦友が三人バタバタと橋の袂に倒れた。さっそく友軍の軽機が橋の袂からこの民家を射った。私たちはクリーク岸の民家の中へ陣どって窓からそこを射った。敵の弾は窓から室の中へ飛び込んでピンッピンッと壁を割ったり、跳弾になってカラカラカランと室を一と廻りしたりした。クリーク前方の民家から射って来ると思うと、左側から壁を突き抜いて弾が飛んで来たりして、何処から弾がくるかほとんど見当がつかなかった。

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2008年03月05日

ある兵士の支那事変10

杭州湾の敵前上陸3

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は崑山攻略の苦戦の部分です。
写真は弾雨下に勇士と共に活躍する軍用犬
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引用開始
 背後の鉄橋はまだブスブスと燃えくすぶっている。依然として敵の銃火はこの橋に弾幕を張っている。河向うと連絡に走る戦友はみんなこの橋桁の上で倒されて行った。私たちはこの河を境に完全に後方と連絡を絶たれて孤立してしまっている。なんとか連絡をつけねば、とみんなが焦った。すると誰かが叫んだ。
「犬が・・・犬が!」
 みんなが壕から振り返って橋を見た。橋の上を、燃え残った橋桁の上を、大きなセパードが一匹こちらへ向かって必死に走っている。敵陣に重機が一ときは激しく鳴って、黒く燃え残った橋桁が炭を散らすようにパッパッと刎飛ぶのが見られた。セパード犬はこの中を煙をかむって一気に走っている。
「サチだ、サチだ!」と荒木准尉が叫ばれた。私たちの隊についている軍用犬の『幸』号だった。みんなが歯を喰いしばってこれを見た。『幸』はやっぱり私たちと同じに敵の銃火が自分に集中されたことを知ったのか必死な目をして猛烈なスピードで走った。橋桁の上に死体がある。一つ、二つ、三つと『幸』は走った余勢でこの死体を飛び越えていた。ちょっとよろめいたようだった、みんなハッとして胸が詰まる思いであった。「サチ! サチ!」と大声で叫ぶ。『幸』は、また走りつづける。死体を越えて。そうして大変な勢いで私たちの壕へザブーンと飛込んできた。サチは全身水の中へ入ってしまった。私たちは自分が弾丸に射たれるのを忘れて『幸』を抱いた。みんなが抱いた。耳をキッと立てて口を開いて、長い舌を出して、荒い息をした。抱くと『幸』はよろこんで私たちに強く体をすりつけてきた。『幸』は本部からの命令書をつけている。そして米を、僅かだが重い米さへ体につけていた。この米は一粒づつみんなに分けて大切に噛もう。

 雨は降りつづけている。敵の銃火は一こうに衰えない。いやますます激しさを加えてきたようだ。『幸』は再び大切な命令への返事と報告を体につけた。荒木准尉が『幸』の頭を撫でられた。「すまんのう。もう一度頼むぞ」私たちはみんなで『幸』に頬ずりした。「すまないすまない」とみんな口に出していう。『幸』はその間もはやって橋の方へ飛び出して行こうとする。私たちは、はやる『幸』をじっと抱きかかえて銃火が少しでも衰えるのを待った。橋からは煙が上っていた。橋の向うに、友軍の鉄兜がチラチラと動いていた。「オーイ、これ頼む!」と叫んで横の壕から石原上等兵がなにか私の方へ放り投げてきた。濡れてはいたが、千人針だった。死線さえ越える五銭玉もついて、『大和魂』と縫った赤い糸の色が水に崩れて赤い千人針になっていた。説明を聞かなくとも一切がわかった。私はこれを『幸』の腹に巻いてやった。銃火が少し切れたようだ。「たのむ!」と叫んで手を放した。『幸』はなにか獲物でも見つけたように猛然と飛び出して行った。また死体を越えて、橋桁を走った。敵の銃火がソレッ! というように一斉にわめき叫んだ。橋桁がパラパラッ、パラパラッと崩れて飛ぶ。『幸』は走っている。一つ、二つ・・・死体を越えた瞬間、ハッキリと『幸』がよろめいた。
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2008年03月04日

ある兵士の支那事変9

杭州湾の敵前上陸2

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は杭州湾敵前上陸の戦闘の様子の続きです。
写真は塹壕を越えていざ突撃へ
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引用開始
 大きな鉄橋が見えていた。鉄橋の遥か彼方には、地平線に瘤が出来たようにたった一つ山が浮き上がって、その上に塔が立っているのが雨に霞んでみられた。杭州湾に上ってただひた走りの一直線。この大追撃の終点たる崑山があれに見えて来たという。
 第一線部隊を承った私たちの○隊は急に勢いづいて来た。長い激しかった行軍の一切の苦しさを忘れてしまってみんなはしゃいだ。いま一と息、と疲れた足に元気をつけて更に前進にかかったとたん、前方の鉄橋付近からダダダダダ、と重機関銃を射って来た。すぐ部隊は広い軍用道路から畑の中に展開した。畑には満々と水が溢れていた。水は泥と一緒に私たちの腰をひたした。冷たい雨がシトシトと鉄兜を打った。散開して一気に水の中を岸近くまで突撃すると鉄橋は轟然たる音をあげて真中付近から空に吹きあがった。鉄骨の梁がピューンという唸りと一緒に私たちの近くに飛んで来た。あとには四本の橋桁だけが残っている。この残った橋桁を伝って三人の敵が走って来た。敵は橋の真中まで来ると石油を撒いてこれに火をつけた。一斉に友軍の機銃がこの三人に向って鳴った。二人がコロッ、コロッと転がって河の中へもんどり打って落ちた。残る一人は猿のように橋桁を走って対岸の壕へ飛び込んだ。

 橋桁は炎々と燃え上がる。私たちは一斉に畑から飛び出して橋に迫った。四方から飛び出してきた私たちは、橋のところで一本の道に集ってしまう。対岸の重機はこの一点を狙って弾幕を張った。橋の前へ躍り出して、次々と折り重なって戦友が倒れてゆく。
 コンクリートの橋脚の上に幅五寸ほどの木が四本渡して橋桁ができていた。石油はこの四本の木の上を流れて焔は煙と一緒に橋桁を四筋に走っていた。橋桁は泥靴の下でスルッスルッと滑った。
 私の前を走っていた戦友がガクンと左脚を折曲げたと思うと半身が斜めに傾いてハッと思ううちに鉄橋から落ちていった。下を向いて一気に走る私の目に、橋桁の間から河を流れる戦友の顔がハッキリ見えた。一瞬の映像だった。顔が火で熱かった。眉毛がジリジリと燃えたのをハッキリ意識した。隣を走るのは誰か、前で倒れたのは誰か、全然わからない。燃える橋桁を走って対岸に一歩踏み込もうとするところに、敵か味方かわからぬ死体が土嚢陣を築いたように折り重なっていた。この死体の山を踏み越えて目の前の壕に飛び込んだ。壕に入るとどうしてもこれ以上一歩も出られなかった。「嬶、嬶!」と呼ばれる。私は壕を這って行って荒木准尉に飛びついた。

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posted by 小楠 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変

2008年03月03日

ある兵士の支那事変8

杭州湾の敵前上陸1

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は杭州湾敵前上陸の戦闘の様子です。
写真は杭州湾敵前上陸の朝の光景
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引用開始
 寝転がったり唄ったりして三日ほどすると、突然、石原上等兵が階段をガタガタいわせながら飛び降りて来た。
「来てみい、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」と叫ぶ。「なんだ、なんだ」とみんながドッと階段に押し寄せた。階段を押されて甲板に出て見ると、アッと私たちは目を瞠った。この海を走っているのは私たちが乗っている『○○丸』だけだと思っていた。それだのに、何時、何処でどう集って来たものか、私たちの船の前後には、実に○隻に余る大船隊が二列縦隊にズラリと列んでいる。そして沢山の軍艦がこの船隊と列んで進んでいた。『○○丸』はこの大編隊艦船軍の一単位に過ぎなかった。完全に私たちはこの大景観に圧倒されてしまった。船は、そして軍艦は、一尺の延び縮みもないようにピッタリ間隔を保って堂々と波を蹴っていた。やがて○○○艦『○○』が何処からともなくその奇怪な姿を現して来た。海軍機が一斉に飛び立って或は先導したり或は二列縦隊の交互の連絡をとったりした。

「戦争って、こんなことが出来るもんかのう」と石原上等兵が感に堪えて嘆声を発した。ただ見惚れる綺麗さだった。「堂々たる」という言葉をこのときほどはっきり知ったことはない。・・・・
 ある日私たちの教官殿である児玉少尉が、私たちを甲板に集められた。児玉少尉は大きな体の広い胸を張って、「明日、我々は再び新しい戦闘をやる。こんどの戦闘は上海戦の横ッ腹に突入するのである。敗敵の退路に向って前進する。従ってある地点までは生きても死んでもあくまで強行前進が決行されるだろう!」と怒鳴られた。期せずして私たちの中からワーッと云う万歳の声があがった。「万歳、万―歳―!」
 そのとき私たちの船の横を真白な病院船が反対に通って行った。病院船の甲板には真白い看護婦さん達が一杯立ち列んで「バンザイ!」と叫びながらしきりと手を振っていた。幾日振りかで通り過ぎる船の上に日本の女を見たのだ。私達もまた手を振って「バンザイ!」と絶叫した。私たちは新しい戦場へ行く。これを白衣の天使は「バンザイ」と叫んで送ってくれる。必死に手を振った。ちぎれるようにいつまでも手を振った――。・・・・

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2008年03月01日

ある兵士の支那事変7

慰問袋の草鞋(わらじ)に泣く

昭和十三年十二月に新潮社から発行された戦場手記「征野千里」中野部隊上等兵 谷口勝著を引用掲載します。支那事変に従軍した一兵士の手記から、今回は行軍途中のひとときと第一線から送られてくる負傷兵を見ての感情。
写真は野戦局で慰問袋を受取る勇士たち
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引用開始
霙(みぞれ)ふる中の慰霊祭
 『拝啓 当地は早秋冷の候となり候が御地は如何に候や、御前様にもその後御変りもなく勇奮転戦されていることと存じ候、御蔭様にて留守の方は私をはじめ弟妹とも皆々元気にて候間御安心下されたくただお前様が元気にて男子の本分を尽くされることを日夜祈り居り候、何卒しっかりやり下さるようただそれのみ御願申上候、 父より、勝様へ。』
 これだけである。幾度読み返してみてもこれだけの長さでしかない。巻紙に筆で太々と書かれた父の戦地へ来て初の便りは、石家荘のすぐ前、花園村にはいって一週間したとき漸く私の手に入った。
 父の手紙と一緒に妹と弟の寄せ書きや友人からの便りなど十二通が一度に私の手に入った。妹と弟の寄せ書きには『保定占領万歳』とか『小学生が提灯行列をやって全村を廻った』とか、『兄さんも保定へ入城したのか』などと書いてあったが、もっと何か細々と云ってくるだろうと思った父からの手紙は、一尺にも足らない巻紙に五、六行の書きなぐりだ。「父の手紙ってこんなもんかなァ」と私が小林伍長にいうと、小林伍長も幾度もその手紙を読み返しながらしきりと頭をひねった。やがて
「しかし・・・」といった。「しかし、ようく読んでみると実に要領を得とるぞ、ウチは元気じゃ、そちらは元気か、しっかりやれ――と」

 確かにそうだった。それだけでしかない。ウチは元気じゃ、そちらは元気か、しっかりやれ――と。私は幾度も読み返した。読み返すうちに父の体臭がプーンと匂って来たような気がした。「こちらは元気だ、そちらも元気か、しっかりやれ」――これ以外に父としていい得ることは何があるだろう。これ以上の何を父は戦場に捧げた息子にいいたいというか。ここは戦場だ。改めて読むとこの簡略で常套きわまる手紙は万感溢れるものを私に語っていた。私は洟をかもうとした、すると「出発!」の命令が出た。・・・・
 霙は大陸に来てはじめてだった。この霙の中で部隊の慰霊祭が行われた。・・・初の戦闘に参加して以来ほとんど沼と泥にひたりつづけて来た体だがこの時初めて心の底から寒いと感じた。霙に打たれる旗の下で、石原上等兵が必死と『君が代』を吹いた。銃を捧げて、正面の壇に列べられた幾つかの白木の箱を見つめていると、深い溜息のようなものが心の底から出て来た。倒れて行った戦友の幾人かに、煮えくり返るような口惜しさを感じたものだったが、それは慌ただしい弾雨の中でだった。突撃のさ中に「ア、あれがやられた」と思いながら自分は先へ先へと進んで行く。そして、そこに起きた新しい事態に全心を奪われて死んだ戦友を忘れて行った。いまその戦友が小さな白木の中に入って、ふたたび私たちの前へ還って来た。・・・・

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posted by 小楠 at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の支那事変