2008年01月28日

米国海軍の発達

深まりゆく日米の危機4

今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。
写真は日米戦前の空母レキシントン
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引用開始
 昔は軍艦旗のむかう所商権もこれに伴ったものである。英国には遂に太陽の没する時なしと豪語している。その・・・・・『米国は太平洋上に有力なる艦隊を必要とす』と叫ばしめた快漢ルーズベルト(セオドア)の希望は、今やその貿易の発展に連れて実現したのである。貿易と海軍はその何れを先とし、何れを後としても、要するに切っても切れない因果関係を持っていることは争われない事実である。
 日本のフィリピン占領を真に受けて海軍拡張を疾呼する米人が有るかと思えば、支那の門戸開放には攻勢的海軍を必要とすると真剣に日本征服を企画する政治家もある。その何れにしても米国の東洋貿易の増進と発展を希望する声ならざるはないのである。今やロンドン条約によってその希望の第一段階を達成したのであるが、更に第二、第三といかなる鬼が出るか蛇が出るか、日本としては余ほど用心してかからないと取り返しの付かぬ運命を負うに至るであろう。・・・・・

 思えば米国海軍の発達は最近の出来事である。
 米国の近大海軍の歴史は1880年から始まると言われているのであって、南北戦争当時の軍艦中にも甲鉄艦等もないではなかったが、おおむね河用砲艦程度のもので何等統一されたものではなかった。然しその数は674隻の多きに達したのである。
 1880年には米国の使用に堪える軍艦は41隻に減じ、中17隻が鉄もしくは鋼製で、然もその三隻のみが後装施條砲を搭載しておったに過ぎないのである。・・・・
1885年には二隻の装甲巡洋艦及び二隻の砲艦建造費が通過して直ちにこれが建造に着手した。この巡洋艦は航洋巡洋艦として6680トン及び6300トンの排水量を有するメイン及びテキサスの二艦であった。メインは英国海軍造船官によって設計せられたが、テキサスは米国海軍工廠によって設計せられた。然しテキサスはその大砲公試において船体の脆弱が災いして、大改造を施さなければならなかった。米西戦争後この船は標的艦となって重要なる射撃実験の犠牲となったのである。一方メインは当時における最良の成績を挙げて米海軍に新活気を与えたが、この艦は後年サンチャゴにおいて爆沈し米西戦争の口実を造ったのである。然しこれらの軍艦はその当時におけるヨーロッパの戦艦と比較すれば大きさにおいてその半ばにも達しない程のもので、議会は依然とし安価な海岸防禦用を賞揚しておったのである。・・・・

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posted by 小楠 at 07:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 書棚の中の戦争