2007年11月22日

GHQの日本洗脳工作4

米軍発表「太平洋戦争史」論、日米交渉1

江藤淳氏の著「忘れたことと忘れさせられたこと」の末尾付録1に、昭和20年12月8日大東亜戦争開始四周年を期して発表された、米軍司令部当局提供特別記事「太平洋戦争史」がいかに米国に都合よく、日本=悪の思想を日本国民に浸透しようとする意図のものであるかを批判する、総務局資料課の富枡嘱託の論が掲載されていますので、ご紹介しようと思います。なお、文中同文とあるのは米軍司令部当局発表の「太平洋戦争史」のことです。(旧漢字やカタカナの原文を読み易くしておきました)
写真は大西洋憲章を発表するルーズベルトとチャーチル(プリンス・オブ・ウェールズ艦上)
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引用開始
10、日米交渉
 同文は「ハル――野村間日米交渉を論じて、「米国は東亜に於ける戦争回避に努力を続けた、三月ワシントンで開始された日米両国政府の会談は八月に入っても続けられた、然し日本が継続的侵略に依って獲得した領土を返還する事に就いては日本は何等の提案も行わなかった、而して侵略に対する米国の政策は、日本が1931年満州を略取した時以来常に明々白々であった。会談は何等の結論をも得ず又結論を得る見込みも無く永引いて行ったが、それにつれて米国の態度は次第に少しづつ強化して行った」。と表面頗る無難に述べ居るも、左記の事実に就いては何等言及せざりし所をここに指摘するの要ありとせん。

1、米国は四十年来歳と共に激甚となりつつありし太平洋上争覇戦の仮想敵なる日本をいわゆる「支那泥土中に雨足をつき込み困憊し居る」この際打倒すべしとする筆者のいわゆる「懲罰派」(「パネー」事件以来漸次顕著となり大統領付個人参謀総長「リーイー」海将を首領とせるが如し)が大統領「ルーズベルト」の周囲を取巻き暗中飛躍せる事。

2、圧倒的優勢物量を以て日本軍力を圧服せんとする米国戦略としては武器武装建造中「時」を得し事は必須条件なるを以て幸い日米会談を長期間に亙り継続せしめ以て其間所期目的の達成を企図したる事。

日米開戦前に於ける殊に三国同盟締結後、彼我国交破綻状態に入りて以来に於ける米国の対日態度は以上二個の観点より決定せられたるものとするを至当なりとせんか。右二点中後者は既に開戦後数次に亙る「ハル」声明「交渉遅延以てこの期間我方に必須なりし時を得るの利を得たり」に依って明白なり。
 尚1941年8月12日「ニューファウンドランド」沖に於て大西洋憲章作製中「チャーチル」は当時「タイ」国に於て日本が俄然優越権を確保するに及び、英国に取り極東政情が極度に危機に瀕したるを以て「米英は即時対日高圧宣言を発すべき」を以て渇望したり。其の際「ルーズベルト」は「米国戦争準備未だ完成せず、尚三ヶ月を要すべし」と言い更に「其の期間あたかも小児を操るが如く(「ベービー」)日本をあしらうべければ、暫時自分に任せ置くべし」と確信したり。更に付言すれば、かく一定方針の下に「ルーズベルト」は我国を(一字不詳)し来り、然も我方に対一歩も譲歩するの意志なかりしは12月7日深更陛下に奉りたる最後親電中に於ても(一字不詳)に11月26日、米国対日通牒に要求し置きたる「日本軍隊の仏印からの撤兵を要請し」続けたるにても明瞭なりとせん。
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posted by 小楠 at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中のアメリカ