2007年11月10日

東京裁判弁護資料9

カニンガム弁護人冒頭陳述「太平洋段階第一部・三国同盟」

 戦後レジームの根元と考えています東京裁判の内容が如何なるものであったかを実際の弁護記録から知っておくのも大切なことだと考えます。
 今回も小堀桂一郎氏編「東京裁判日本の弁明[却下未提出弁護側資料]」から抜粋して、東京裁判が茶番と言われる所以が判りやすい部分を記述してみます。
これは昭和22年6月12日のもので、結果は全文朗読です。
写真はヒトラーと握手する松岡
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引用開始
 1940年9月27日、日、独、伊間に三国同盟が締結されました。
 検察側では、これが1938年及39年に右の参加国間に試みられたいわゆる「防共協定の強化」のための交渉の延長或は復活であり、この盟約はその本質において世界分割といわゆる「新秩序」の建設をめざす侵略国の計画の最後的発展を包含していると主張しました。若し許されるならば我々は、以下の事実を証明したいと思います。
第一に日本政府は「防共協定強化」の交渉を完全に打切った事。
第二に、独ソ不可侵条約が1939年8月23日締結され、これが日本にとって大きな衝撃となり、ために平沼内閣が倒れた事実であります。
 その結果日独関係は完全に打切られたのであり、ドイツのこの背信に対する日本政府及び軍部の非常な憤激と焦慮がこの関係破裂の原因でありました。日本と独伊二カ国との関係には検察側の主張されるような連関性はありません。これは決定的に証明されるでありましょう。

 右の事実は平沼内閣に次いだ阿部、米内内閣が外交方策の根本目標を日米関係の向上においた事実を示す書類を提出することにより確証されるでありましょう。彼等はこの目的達成のため全力を尽したのであり、日独関係はその間非常に冷淡でありました。合衆国はこの日本の努力に報いず、日本に対する合衆国その他諸国の経済的圧迫は日米通商条約の期限満了と共に強化されました。・・・・
 検察側は、三国同盟の目的が、いわゆる「新秩序」の建設、即ち世界から民主主義を消滅せしめ、侵略国による世界諸国の征服にあったと主張されました。
 この罪状の反証として、次の事実が証明されるでありましょう。即ち日本政府は、三国同盟を世界平和維持のため、自衛的、平和的目的を以て締結したという事実であります。日本の終局の目的は、世界各国、殊にアメリカ合衆国と、平等及び相互的尊敬の基礎の上に立つ友好関係を促進することでありました。日本は、この目的達成の第一歩として、当時日本が直面していた国際的孤立から脱却して、その外交的位置の退化を防ぐことが必要であると考えました。日本がアングロ・サクソン系諸国に対する接近政策に失敗し、アメリカの圧力増大の結果、完全な国際的孤立に陥る危険をみてとり、日本は、終局の目的、即ち日米国交の調節は、先ず第一に日本の国際的位置を改善する事なくしては、不可能であるという結論に達せざるを得なかったのであります。
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posted by 小楠 at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判