2007年10月18日

満洲をめぐるソ連の野望

ソ連軍満洲撤兵問題

 今回は「徳富蘇峰終戦後日記2」をご紹介しています。以前にご紹介した「徳富蘇峰終戦後日記」の続編で、「頑蘇夢物語」続編として06年12月の発行となっています。
最後の解説には、「・・・蘇峰が神経質に反発したのが黄禍論だった。彼が警戒したのは、「亜細亜的」という「概括的名称」によって、日本が中国などのアジア諸国と同一視されることだった。・・・日本が朝鮮や中国と同じカテゴリーで理解されることは、日本の国際的地位にとって決定的なマイナスになる。この認識は福沢諭吉の「脱亜論」以来のものである。・・・この考え方をもっとも忠実に継承したのが蘇峰だった」とあります。
写真は日ソ中立条約に署名のスターリンと松岡外相
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引用開始
(昭和21年2月18日午後)
 満州の形勢は、その前途決して容易ではない。支那は他力本願で、手に唾して、日本から満州を、そっくりそのまま土蔵付きで頂戴する積りでいたが、あにはからんや支那の回復したるは、今の所唯だ空名のみで、実権は全くソ連に存し、実益もまたソ連が、恐らくはほとんど独占する所とならんとしつつある。

 ソ連は満州の平和を維持するために、兵を駐在せしめているが、去年12月3日までには、全部引揚ぐるという事であった。ところがこの頃盛んに兵営を満洲要地に新築しつつありといえば、言葉通りに引揚ぐる積りではあるまい。
 支那ではむしろ当初の心配は、共産軍が国民軍に、お先を失敬して、満洲を占領する事が心配であったが、今日ではそれどころではない。ソ連そのものが、道に横たわる大蛇となって来た。されば支那側でも、この事は頗る肚に据えかねたと見えて、いろいろ議論をしている。されば重慶側では、国際連合安全保障理事会に訴えて、その力によって、ソ連を撤兵せしむべしといい、またソ連側では、かえって居直り強盗の姿で、新たなる要求を、提出したともいっている。
 何れにせよ、満洲に関する限り、支那とソ連との間に、葛藤が起るべき心配があるばかりでなく、現に起っている。しかしてそれが一転して、ソ連対米国とならないとは誰か敢えてこれを保証するものぞ。・・・・・
 我等の見る所によれば、これは明治36年、日露戦争開始の前年、露国が満州撤兵に関して、我が日本を欺きたる慣用手段を、今回また支那に向って用いたるもので、今更決して新しき事ではない。今後もまた追々奥の手を出し来るであろう。それにしても、スターリンが、日本が背信国であるとか、侵略国であるとか、平気で日本の咎め立てをなすのは、実に盗人猛々しいといわねばならぬ。
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posted by 小楠 at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の国際関係