2007年10月15日

排日移民法は人種差別

排日移民法の日本とアメリカ合衆国

 今回ご紹介している本「孤独な帝国 日本の1920年代」は、1921(大正10)年から27(昭和2)年まで駐日フランス大使を勤めたポール・クローデルの書簡を抜粋したものです。
 ワシントン会議以降の日本人の困惑とフランスから見る世界情勢の中の日本がよく分かる内容です。
写真は1925年3月、日本初のラジオ放送、大阪放送局での阿波踊りの放送風景
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引用開始
1924年6月4日
 予想できなかったことではありませんが、アメリカの大統領カルヴァン・クーリッジは、なにかともったいをつけ、他国民に対する尊敬、友好、共感を口先では表明しながら、議会が可決した、日本にとって侮辱的な投票結果を無条件に承認しました。その結果、今後日本人は、この広大な共和国からとくに名指しで排除されることになりました。
 今朝私は、アメリカ大使ウッド氏に会いました。彼はこの挑発的な法案の成立に加担していると思われたくないと言って辞表を提出しました。彼は、今回の議会決定は世論の大半とアメリカ国民の賛同を得ておらず、実際は議会の陰謀なのであって、ロッジ氏が親日派の国務長官を陥れるために掘った落とし穴なのだと語っています。じつのところ、ぜんぜんそうではありません。地球上いたるところで、アングロサクソンの人々が抱いている根強い感情があるとすれば、それは皮膚の色に対する偏見なのです。大西洋岸では、それが太平洋岸ほど顕著ではないとしても、たんに、大西洋岸にはアジア人があまりいないため、偏見が生まれる機会が少なかったというだけのことなのです。

 アメリカ議会のとったじつにばかげた行動は、民衆を煽動して人種差別をするものであるとしか説明できません。〈紳士協定〉が成立して以来、日本はそれを文字通り守ってきましたし、それを守りつづけていくことだけを考えてきたのですから、カリフォルニアにはあらたなアジア人の移民は入っていないのです。議会の場で公式にしかも意図的に侮辱をせずに、この紳士協定の取決めを維持することはできなかったのでしょうか。アメリカが日本に対して行使している途方もない影響力を目にして、すなわちこの強大な共和国の製品やあるいはその思想が、あたかも洪水のごとく太平洋のかなたの隣国を覆いつくすほど影響力が大であるのを目にしていますから、私には、このあからさまな嫌がらせは、育ちの悪い学生が自分より弱い友達を容赦なくいじめるのに似ているとしか説明することができません。
 日本人の性格の根底にある自尊心、過度の感受性、根に持つ傾向を知っている者にとっては、一般国民や新聞がこの件についてさほど意見を表明することなく、手ひどい仕打ちを受け入れていることは驚くにあたりません。とりわけ怨念が深いのは軍隊です。戦争という言葉が多くの人々の口の端にのぼっています。誰しもが心中、それを考えているのは言うまでもありません。一人の男性はアメリカ大使館の前で、古いしきたりにしたがって切腹しました。しかし、同盟国もなく他国を頼りにできない日本は、ひじょうに無力だと感じているのです。それに誰が絹を買ってくれるのでしょうか。
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posted by 小楠 at 07:33| Comment(7) | TrackBack(0) | 書棚の中の国際関係