2007年08月20日

ベルツの日記11

旅順の陥落:明治37年

 ドイツ人医師エルヴィン・ベルツは、官立東京医学校に生理学兼内科医学教師として、明治9(1876)年6月、27歳の時に来日しました。彼の日記が「ベルツの日記」として出版されています。その中から
日露戦中の日記を引用してみます。
写真は第三回旅順総攻撃の決死隊(日露戦争古写真帖より)
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引用開始
10月23日(日光)
 北海における珍しい出来事が、イギリスを極度の興奮に陥れた。バルチック艦隊が、罪のないイギリス漁船を砲撃し、二隻を沈没せしめ、多数の人々を殺傷したのである。まだ公表はないが、強いて説明をつければ、露艦が盲目的な対日恐怖症から、(理性のある者なら、どうして日本の軍艦がそんな場所に現れるか、想像もできないはずなのに)罪のないイギリス漁船を日本の水雷艇と誤認したものと解釈するよりほかはない。・・・・・

10月28日(東京)
 バルチック艦隊は、フランスの港湾そのものの中で、石炭の供給をうけている。これは、明白な中立違反だ。・・・・
 「ロイター電」によれば、イギリス全土は、ハル港漁船事件で激怒しているものと信ぜざるを得ない。もちろん、それはもっともなことだが、しかしイギリスは、バルチック艦隊をやっつけることまでは考えていない。なぜなれば、イギリスの計画におあつらえ向きなのは、日本もまた、あまり強大にならないことであるからだ。かくてこそイギリスは、東アジアで思いのままに振舞えるのだ。イギリスの政策のこんなねらい所は、元来、だれにだってわかるはずなのだが、日本の新聞はわからない――否、それを知りたくないのだ。・・・・

・・・午後、女子学習院の運動会へ。これは、年に二回催される。六百人の女生徒全部が参加した。数々の体操や遊戯は、全く申分なく、その出来栄えも同様に結構だった。徒手体操は、身体のあらゆる筋肉を鍛錬するよう、適当に選んである。二十五年前を回顧する時、女子の体育方面における進歩は、確かに驚異的である。しかし、自分の傍におった外交団主席ド・アネタン氏は、それと共に、日本の女性独特の優雅な点が害われることをおそれている。あるいはそうかも知れない。氏のいわく「これらの少女たちは、もう今までの日本婦人のように、優しくしとやかな女ではなくなるだろう」と。しかしながら日本も、上流階級に壮健な婦女子を望むとすれば、結局、一つくらいの代償は払わねばなるまい。

11月26日(東京)
 報道によると旅順総攻撃が開始されたそうだ。
 日本とアメリカ――サンフランシスコのアメリカ労働総同盟は、合衆国とその領土より完全に日本人を閉め出すことを一致で決議し、この趣旨を国会に陳情する件を可決した。これはもちろん、ワシントンでのルーズベルト大統領による伏見宮の歓迎を機会に、先日、日本の新聞がアメリカを謳歌したあの気勢をそぐものだ。・・・しかしながら、こんな経験すらもなお、日本人のアメリカ盲信の迷夢を覚ますにはいたらない。日ごろ、ドイツの対日敵性を証明するためには、いかなる機会をもとらえてのがさない『朝日新聞』は、相変わらず確信していわく「アメリカの太平洋沿岸地方でも、もっと日本人を知るようになれば、必ずや日本人を排斥しないようになるだろう」と。ところが、同地方こそは現在すでに、日本人を一番よく識っているのだ。
 フランスに対しても、その中立違反事件では、穏やかな応対振りである。ただドイツのみが、しかも近ごろのその態度には、非難の余地がないにもかかわらず、はなはだしく憎まれているのだ。・・・・

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posted by 小楠 at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本B