2007年07月23日

親日台湾人の中国観1

 今回ご紹介する著者は、ほとんどの日本人は、中国人の民族性を全く理解していないと嘆いています。日本国内、或は日本人同士では、日本人の交際マナーはすばらしいものがあると思いますが、他民族を相手にする場合は、その民族性を十分把握した対応が必要でしょう。特に中国のような民族を相手の場合は、日本人の美徳がことごとく悪用、利用されているようです。
楊應吟氏の著「素晴らしかった日本の先生とその教育」という本の中から、氏の中国観が記されている部分を引用してみます。
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引用開始
中国の「軟土深堀」根性
 日本人は、あまりにも中国人の本質を知らなさ過ぎます。我々台湾人は半世紀にも亘る間、中国人と生活をしてきました。そして今日に至るまで対立し続け、彼らの根性を知り尽くしています。中国人は「軟土深掘」という根性を持っています。字義から見ても分かるように、「土軟らかずんば、更に深く掘れ」、つまり相手が弱いと見れば更に付け込んで噛み付いていけ、という汚い根性を持っているのです。・・・・
 今の日本の政治家は、一部を除きあまりにも中国に対する認識が無さ過ぎます。中国に対して遠慮し、大人しくしていれば全てがうまく行くならば問題は無いのですが、現実はそうではありません。中国への遠慮が、やがては日本を更に追い込むことになりかねません。

眠れるブタ、中国
 過去においては、1886年に、大清帝国は日本を威圧するために、北洋艦隊の四艘の新鋭戦艦を、予告も無く修理の為と称して長崎港に乗り入れました。上陸した数百名の清国水兵は、暴挙、強奪などさんざんに暴れ狂い、この長崎事件は当時の日本全土に一大ショックを与えました。そこから日本人の中に、支那に対する敵愾心が烈火の如く燃え上がりました。
 ただ、日本の外交手段の稚拙さには定評があり、なかでも史上「侵略国日本」の悪名を残したのは、「対華二十一カ条の要求」でした。しかし二十一カ条の中には山東問題など、日支交渉だけで解決出来ず、第一次大戦後のパリ講和会議やワシントン会議にまで持ち込まれたものもありました。結局、二十一カ条のうち、消滅したものを除き、中国側が承諾したのは四カ条に過ぎなかったのです。それにもかかわらず、中国は二十一カ条全部を呑まされたように世界に伝えました。・・・・

 当時、北京、上海、南京には外国の租界がありました。上海には、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、ポルトガルの八カ国、北京にも、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアの五カ国がありました。
 東南アジアでは大東亜戦争が終わってから、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、マレーシアが独立し、それまで植民地で搾取し続けていた宗主国のイギリス、オランダ、フランスは撤退して行きました。そして、今までの「眠れるブタ」は「目覚めた龍」に変身してしまったのです。
 日本は眠れる大国を刺激する名人だと言われてきました。・・・・・
 あの眠れるブタにもし支那事変という刺激がなければ、今日の中国は出来ていなかったことは誰もが認識できることです。ですから、中国は日本に感謝こそすれ、「反日」はもっての外のはずなのです。今日中国が近隣諸国に行っている数々の横暴を考えると、日本が「眠れるブタ」を起こしてしまったことは大きな間違いであったと言いたくなります。・・・・
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posted by 小楠 at 07:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国