2007年07月16日

ギメの明治日本散策1

 明治初期に来日した二人のフランス人の著書から、彼らの観た、当時の日本及び日本人の姿をご紹介します。
 明治九年、フランスの実業家であり、宗教や特に東洋美術に強い関心を持つギメは、宗教事情視察の目的で、画家のレガメと連れ立って来日しました。この本はギメの「東京日光散策」とレガメの「日本素描紀行」が収められています。レガメの挿絵も沢山収録されています。
今回からはギメの「東京日光散策」から。
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引用開始
江 戸
 それぞれの地方には、将軍の指図のままに動く領主や大名Daimioがいたが、これらの首長をとおして、日本は征夷大将軍――第二位の主権者――からたえず下される命令で治められていた。
 外国人、特にヨーロッパ人が、帝を法王と思い、将軍を実際の皇帝であると考えていたのは、この点であった。朝鮮人とオランダ人は、それを大君Taikounと呼んでいたが、これは大大名を意味する。・・・
 京都はもはや役に立たない首府でしかなかった。古い首都は首都としての地位を降り、どのように活用するかということだけが問題となった。江戸は帝国の新しい都市となり、これら二つの都市の運命と変遷がよくわかるように、勅令によって江戸の名は廃止され、帝の居所は以後布告によって、東京と呼ばれることになった。・・・

日本の鉄道
画像は三代広重画の蒸気車
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 汽車は非常に快く小ぎれいである。職員は白の雲斎布[厚手の綿布]を着用していて、優美で上品である。車両は少々狭いが、便利で、アメリカと同じように次の車両に通じている。どこも清潔で、手入れが行き届き、サロン風の鉄道である。
 この路線の開業式の日は大騒ぎであった。まだ誰も垣間見ることができなかった帝が自ら、住民の前に姿を現わしたのである。現人神が、列車に乗るために、わざわざ天から下りて来たようであった。・・・
(この日は開業後、天皇が初めて汽車にお乗りになった日で、開業日は明治五年九月十二日。天皇ご臨席で行われています)
 鉄道の沿線は非常に単調である。ほとんど海沿いを走っていく。沿線は豊かに栽培され、数百年を経た樹木におおわれた神聖な丘が点在し、藁葺きの家のある小さな部落や多くの竹林によって彩られた地方を横切っている。・・・
 田畑には、きびしい太陽の暑さから大きな麦藁帽子で身を守った、裸同様の労働者がいる。道には、青い長い着物を着て、油紙でできた大きな日傘をさしている人がいる。日傘のレンズ型の黄色い鮮かな色彩[蛇の目]が、景色から浮き出ている。
 海に目をやると、漁師の小舟が行き交うのが見える。至る所活気に満ちている。
 駅ごとに、多くの土地の人が、急いで車両に乗ってくる。群衆は騒々しく、陽気である。日本人はいつも旅が大好きであったし、また巡礼という口実で、自分の国を完全に知ることができるが、その日本人が即座に鉄道を採用したのだ。・・・
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posted by 小楠 at 10:05| Comment(8) | TrackBack(1) | 外国人の見た日本B