2007年05月28日

米国製憲法強要事情7

基本は武装放棄宣言の憲法

 児島襄著「史録 日本国憲法」をご紹介しています。奥付には昭和四十七年第一刷、昭和五十年第六刷となっています。
この本の最後の部分に、著者は『どのような憲法論議を進めるにあたっても、先ずは「日本国憲法」の成立の事情を明らかにすることが、出発点と思われる』と書いています。
 今回の引用は、武装を放棄して、日本は防衛と保護を世界の崇高な理想にゆだねるという現憲法の成立事情の部分です。

引用開始
 ホイットニー准将は、ケーディス大佐の部屋にはいると、手にした黄色い紙片を渡した。特別の用紙ではない。草稿と清書文を区別するため、草稿は色つきの紙を利用するのが、米国のオフィス慣習であり、黄色紙は最も一般的な草稿用紙である。
 その“イエロー・ペーパー”に、鉛筆で数行の文字が書かれている。ケーディ大佐は黙読した。
「天皇は国家の元首(ザ・へッド・オブ・ザ・ステイト)の地位にある。皇位の継承は世襲である。天皇の義務および権能は、憲法に基いて行使され、憲法の定めるところにより、人民の基本的意思に対し責任を負う。
 国家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも放棄する。日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる。いかなる日本陸海空軍も決して許されないし、いかなる交戦者の権利も日本軍には決して与えられない。
 日本の封建制度は、廃止される。皇族を除き華族の権利は、現在生存する者一代以上には及ばない。華族の授与は、爾後どのような国民的または公民的な政治権力を含むものではない。
 予算の型は、英国製にならうこと」

 いわゆる「マッカーサー・ノート」と呼ばれ、日本憲法改正にかんする「三原則」といわれるものである。もっとも、ケーディス大佐は、最後の予算の項目は独立しているとみなし、「四原則だった」と記憶するが、いずれにせよ、ホイットニー准将は、大佐の眼の動きで通読が終ったのを知ると、いった。
「ご注文の品だよ、チヤールス。これがジェネラルの憲法改正にたいする基本点だ。これだけはどうしても入れる、あとは任せるということだよ」
「・・・・」
(本当ですか)という質問をのみこみながら、ケーディス大佐は、しばし、絶句した。・・・・なによりも驚いたのは、戦争と軍隊の放棄を定めた第二項である。

 ケーディス大佐は、ホイットニー准将を通じて、おぼろげながら、マッカーサー元帥が、日本の「キバ」をぬいておくためには日本に軍隊を持たせたくないと考えているらしいことを、推察していた。
 しかし、いずれ日本の占領は終り、日本は講和条約によって独立主権国の地位を回復する。そのさい、軍隊を持たぬ独立国というものが考えられるだろうか。
 ケーディス大佐も、日本の憲法改正に関連して日本軍隊の将来について考えてみたが、天皇と軍隊との結びつきを断絶することはすぐ思いあたったものの、もし憲法に規定するとすれば、せいぜい兵力の制限までで、まさか軍備全廃には思い及ばなかった。だが、考えてみれば、これはすばらしいアイデアである。いや、これこそ「平和国家」というものではないのか。
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posted by 小楠 at 07:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 米国製憲法強要事情