2007年04月09日

支那人の特質を知る2

支那は国家ではない

 昭和十三年八月から、支那事変の経緯と支那各地の産業、観光地等の知識を解説した内容を、現地将兵に頒布するため「支那事変 戦跡の栞」という本が、上中下三巻で発行されている幅広の手帳サイズの本です。
今回はその上巻の最後の方にある中野江漢の「支那の話」という部分から、支那について、昭和十三年(1938年)当時の人々の支那に対する見方が書かれているところを引用してみます。
 対中外交交渉は、このような支那人の特質を熟知した専門家にやって欲しいものです。
画像は当時の北京大通り
pekinstreet.jpg

引用開始
 支那は現在[昭和十三年]でも依然、真の統治者がないことになる。統治者がないとすれば、被統治者があるべき筈がなく、真の国民がないことになる。そこでよく「支那は国家であろうか?」といったような疑問が飛び出して来るのだ。斯うした疑いは、支那の実情から見れば、当然起るべきことである。
「凡そ国家というものは、統治権の主体である統治者と、統治権の客体である国民との二大原素の統治した国体をいうのである。」という原則に従えば、支那と称する地面には、ただ四億に余る夥しい人類が、ザワザワと棲息するに止まって、統治団体たる国家を組織したものではないことになる。
 そこで、近代的な国家観念から観ると、「支那は国家ではない」とはっきりいえるのである。若し一時、主権者が出来たとしても、統治者と人民との関係が、頗る乱雑不統一の支那のことであるから、整然たる国家組織を見ることは至難のことである。

 元来、日本はじめ近代文明国の常識としては、「国とは土地を意味する」のであるから、たとえば「この島は何の国に属するか」というのであるが、支那人はこれに反して「国とは人を意味する」と解釈しているから「この島は誰に属するか」という。どうして、支那だけがこんな現代に容れられぬ説を固持するのかというに、支那の古聖は政治を「王道」と「覇道」とに分かち、
「王道を以て、理想的な政治とし、徳を以て仁を行うものを王者としている。これに反し土地を重ずるを覇道として之を斥ける。王道より観れば土地は国家の要素ではない。国家は人であって、土地はこれを養う手段に過ぎない。」
として居る。支那人の国家観念はこれを以て知ることができる。

 支那人は古くから、前に述べたような考えを有っていたので、支那の政治とか制度とか、文化とか、或は礼楽典章等の総てが、国家というものを超越して居る。支那の文化や政治は、読書人の文化や政治で、社会民衆の実際生活とは没交渉であって、国家として必要な、国民教育というものが起っていない。
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posted by 小楠 at 07:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国