2007年04月08日

支那人の特質を知る1

政府に頼らぬ支那民衆

 昭和十三年八月から、支那事変の経緯と支那各地の産業、観光地等の知識を解説した内容を、現地将兵に頒布するため「支那事変 戦跡の栞」という本が、上中下三巻で発行されている幅広の手帳サイズの本です。
 今回はその上巻の最後の方にある中野江漢の「支那の話」という部分から、支那について、昭和十三年(1938年)当時の人々の支那に対する見方が書かれているところを引用してみます。
 対中外交交渉は、このような支那人の特質を熟知した専門家にやって欲しいものです。
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引用開始
 支那という国は、斯うした「天下思想」のもとに、四千年という永い間、他の国には見られぬ、世界無類の特異な政治が行われて来た。それは、天下は一人の天子[為政者]が支配するというのであるが、その天子なるものは定まっておらぬ。誰でも「天子」になることができる。実力があれば天下を征服し、徳政を施せば天下は統一されるのである。
 そこで、支那では、英雄、豪傑を初めとして、盗賊、游侠、無頼漢に至るまで、志を有する者が、天下国家を争うた。そういうわけで、支那では「革命」が是認され、天下争奪のために戦争の絶えたことがなく、二十幾回も朝廷が代わっている。

 そうして居る内に、いつとはなく、朝廷[為政者]と、人民とは分離して、全然別個のものになってしまった。支那の民衆は、朝廷の興亡には何等の関心を有たない。為政者は誰であってもよいのだ。種族からいっても、必ずしも漢人でなくてもよい。遼、金、元、清の如きは、漢民族が野蛮扱いにして来た夷狄であるが、これに対しても、反対もせねば、不満も言わぬ。
 ただ民衆の求むるところは「安居楽業」である。世の中が平和で、自分の仕事を楽しみ、生活が安全であればよい。自分のことは自分で処理してゆけばよい。政府の保護を受けるなどということは毛頭考えて居らぬ。政府からは何もやって貰わなくともよい。どちらかといえば、なるだけ干渉して貰いたくないと望むのである。

 そこで支那の為政者は、為政者として全民族の上に君臨しては居るが、他の国家のように、一から十まで国民の生活に干渉するようなことはしない。人民には、なるだけ手を触れぬようにする。自己の存続の外には何事も考えなくともよいことになっている。だが、自己を保持するためには費用が要る。人民は、その費用を負担すればよい。税金さえ納むればそれでよいのである。支那の為政者と人民とは、恰度(ちょうど)、家主と借家人というような関係と見て置けばよい。その借家[国]に住んで居るから、家賃[租税]を払うのは当然のことである。為政者は「家主」に当る。官吏は家主の代理をする。「差配」のようなものだ。
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posted by 小楠 at 16:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国

2007年04月07日

支那の話その2

世界の謎、支那の見方

 昭和十三年八月から、支那事変の経緯と支那各地の産業、観光地等の知識を解説した内容を、現地将兵に頒布するため「支那事変 戦跡の栞」という本が、上中下三巻で発行されている幅広の手帳サイズの本です。
今回はその上巻の最後の方にある中野江漢の「支那の話」という部分から、支那について、昭和十三年(1938年)当時の人々の支那に対する見方が書かれているところを引用してみます。現在にも参考になるのではないでしょうか。
(字が小さく古い本なので、漢字の読取が間違うかも知れませんが、大抵は地名などの固有名詞の場合が多いので、ご容赦下さい)

速報
何だか中国で新しい人種が発見されたようです。その名は血奴

引用開始
 先年ワイントン会議の時に、フランスの代表ブリアン氏は「支那とは何ぞや?」という突飛な質問を発した。当時「今頃、支那とは何ぞやもあるまい」と、世界的冷笑の的となったが、さてこれに対して明確なる解答をなし得た者は一人もなかった。
 さすがに雄弁を以て誇る支那代表すらも、一言も答えることができなかった。それは他国の代表は勿論のこと、支那人自身が「支那を識らぬ」からであった。

 そればかりでない。この質問は、次にジュネーヴで開かれた国際連盟会議に於ても亦繰返されて、世界各国の支那に対する認識の不足が暴露された。この「謎」を解かんがために、世界の人々は、いろいろな方法を以て、支那研究に没頭して居るが、研究すればするほど,解らなくなるのが支那であるといわれている。・・・・・
 然らば「どうすれば解るのか」「如何にせば謎がとけるのか?」というに、それはわけもないことである。一言に尽せば「支那を正しく観ればよい」のである。正しく観るということは、いろいろな方法があるが、要するに次の二項を心得ておけばよい。

一、支那を計るには、「支那の尺度」を以てすればよい。[全然異っている他国の尺度を以て、支那に当嵌てみても、寸法が合わぬ。どうしても正しい答えが出て来ないのである。」

二、支那を観るには「支那式の眼鏡」を以てすればよい。[天体を覗くには望遠鏡を以てし、黴菌を見るには顕微鏡を以てしなければならぬ。これを反対に用いては皆目わからぬ。如何に精巧なる写真機でも、そのピントが合わねば撮れるものではない。」
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posted by 小楠 at 07:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国

2007年04月06日

支那の話

日本と支那の関係

 昭和十三年八月から、支那事変の経緯と支那各地の産業、観光地等の知識を解説した内容を、現地将兵に頒布するため「支那事変 戦跡の栞」という本が、上中下三巻で発行されています。幅広の手帳サイズの本です。
 今回はその上巻の最後の方にある中野江漢の「支那の話」という部分から、今と同じように、当時の日本と支那の疎隔の原因についてのところを引用してみます。現在にも参考になるのではないでしょうか。
(字が小さく古い本なので、漢字の読取が間違うかも知れませんが、大抵は地名などの固有名詞の場合が多いので、ご容赦下さい)
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引用開始
【日支疎隔の責は何れにあるか】
 然らば、日支の疎隔は、支那側の主張するが如く、其の責、日本にのみあるかというとそうではない。私をして忌憚なく言わしむれば、その最大原因は、日本側よりも寧ろ支那側に存すると思う。即ち、

[一]日本に対する嫉妬心に因づく。
 支那人は、日本の国運隆興に対して、常に嫉妬心を懐いて居る。彼等は日本の国力発展を呪詛せぬまでも、断じて歓迎せぬ。一体支那人は、個人としても甚だ嫉妬心が深く、猜疑心が強い。これが一つの国民性となって、男女、君臣、父子の間柄でも、常に嫉妬と猜疑に終始して居る。そこで、過去数千年間、東洋の盟主国として、先進国として国際間に重きを置かれた支那が後進国である日本のために凌駕せられて、その後塵を拝せなければならぬような境遇に立ったので、自負心と嫉妬心の強い彼らが、日本に対し好意を持たぬのは当然である。
 それが領土が接近し、同文同種というのが返って悪い結果を生んだ。猜疑や嫉妬は、多く近親の間に生じて疎遠の裡には起らぬ。個人の場合でも、零落して行く本家は、分家の繁栄を嫉妬し、分家の忠言には兎角耳を貸さず、却って他人の勧告に従い、その伝来の家宝を手放す際にも、之を熱望する分家よりも却って他人に売払うのが人情である。この理から推して考うれば、支那人の心裡がよくわかる。

[二]日本に対する猜疑心に因づく。
前項で述べたように、日本の支那に対する行為を総て侵略的と猜疑する。甚だしい誤解である。この誤解より「排日」運動が起った。

[三]「以夷制夷」政策に因づく。
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posted by 小楠 at 07:14| Comment(6) | TrackBack(1) | 書棚の中の中国

2007年04月05日

対中ODA中止の抜け穴

アジア開発銀行の対中融資は増加

 青木直人氏の著「中国に喰い潰される日本(チャイナリスク)」から少しご紹介します。青木氏は常に報道では隠されている日中の重要な部分を分りやすく発表され、聞くたびに政治家、官僚、マスコミがいかに日本人を裏切っているかに憤りを感じずにはおれません。

引用開始
 いまや中国に対する援助中止や削減が世界的な流れである。だが、これに逆らうかのように中国向け融資を増やし続けている唯一の国際援助機関がある。日本が最大の出資国であるアジア開発銀行(ADB)で、その対中融資はさらに増加の一途をたどっているのである。
 ADBは日本が米国と並ぶ最大の出資国(16%)で、世界銀行が米国の支配下にあるように、同行は日本政府、なかでも財務省の影響力が圧倒的な国際団体だ。創設も日本政府の主導だったし、人事にしても歴代の総裁はすべて日本人で占められている。現八代目総裁の黒田東彦氏も元財務省の国際金融キャリアである。・・・・・

 だがそうなると素朴な疑問が浮かんでくる。日本の外務省がかかわる中国ODAは廃止と縮小の方向が確定しているのに、なぜ同じ日本の役所である財務省が資金と人事を握るADBの中国援助は増えているのだろうか、ということである。誰が考えても面妖な話である。
 これでは日本政府の一貫した整合性のある対中国援助戦略はどこからも浮かんでこない。ODAはやめるが、ADBの融資は増やしましょうというのでは、両足を一緒に前に出して歩きましょうというようなものだ。援助額だけではない。融資の中身を見ても、ODAとの統一性や連動性が感じられないのだ。

 具体的に説明したい。円借款ではすでに中国国内の交通インフラ整備は援助対象にはなっていない。2001年度を最後に、以後、援助案件から姿を消した。・・・・
 だが逆にADBの中国支援の中身を見ると金額だけでなく、円借款が中止したこの道路や鉄道建設分野への支援がうなぎのぼりなのであるそれもODAで政府の自助努力が謳われているはずの商業ベースに乗らない内陸地域のものが圧倒的なのだ。・・・・・

東アジア共同体志向のADB歴代総裁

参考記事
 ADBの中国融資のめり込みの理由は、まず歴代ADBの総裁たちの中国認識があげられる。具体的に言えばその「東アジア共同体」志向が問題なのである。この点は、近年、急速に中国との金融協力を本格化しつつある財務省自体の姿勢も大きな影響をもっている。
 ADBの現総裁は黒田東彦氏だが、彼は2005年4月にフィリピンで開かれた総会の際に、取材につめかけた記者に中国観を聞かれて「中国は覇権主義的ではない」と言い切り、メディア関係者の話題になった人物だ。・・・・
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posted by 小楠 at 07:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の日中関係

2007年04月04日

日中友好のリスク

日中友好に踊らされた森ビルの悲劇

 青木直人氏の著「中国に喰い潰される日本(チャイナリスク)」から少しご紹介します。青木氏は常に報道では隠されている日中の重要な部分を分りやすく発表され、聞くたびに政治家、官僚、マスコミがいかに日本人を裏切っているかに憤りを感じずにはおれません。
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引用開始
 森ビルは現在、上海・浦東に「上海環球金融センター」を建設中だが、このビルの工事は長年中断したままにされていた。その再工事がようやく着工されたと聞き、私は上海の建設現場へと向った。
 森ビルなど日本の大手企業三十五社と国際協力銀行の出資で、世界一の高層ビルを建設する計画が公表されたのは1994年。躍進・上海の象徴として企画されたこのビルは、同時に日中友好の象徴としての意味もあり、建設に予定される資金約750億円(後に1050億円)は日本側だけで負担し、中国側は一銭も出さないという事実上の「日の丸プロジェクト」だった。

 1997年8月27日に定礎式が行われ、約一年間、地下部分の基礎工事を行ったが、その後、森ビルは「アジア金融危機によるテナント確保の困難さ」を理由に工事を中断していたのである。
 だが工事の中止期間中に、次々に明らかにされたのは、計画のずさんさだった。そもそもこの建設予定地は年間六センチを超えるほど上海一、深刻な地盤沈下に見舞われている場所であったことが判明したのである。
 この事実はほかならぬ2001年に地元上海の新聞がすっぱ抜いて、森ビル関係者を驚愕させた。
 報じたのは英字紙『シャンハイ・デイリー』だった。
「上海市は急激に超高層ビルが建設されたため、その重みで再び地盤沈下しつつある」
「市内の沈下は一年で約一センチにも上るが、その原因は度を越えた地下水のくみあげとビル建設にある」と指摘したうえで、
「なかでも市内でもっとも地盤沈下がひどいのが浦東地域の陸家嘴金融地域である。十年前までは畑にすぎなかったこの場所に多くのビルが建設された結果、2000年にはこの地域では平均38ミリも地盤沈下がおこっている」さらに続けて、「高さ420メートルの金茂大厦週辺はなんと63ミリも陥没している」と報じたのである。・・・・・

 森ビルが建設中の「上海環球金融センター」はこの金茂大厦から10メートル道路をはさんだ真向かいにある。そればかりか建設が予定されているのは420メートルの金茂大厦(88階)をさらに上回る、地上101階、地下三階、高さは492メートルもの地域最大の超高層ビルである。・・・・
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posted by 小楠 at 07:20| Comment(5) | TrackBack(1) | 書棚の中の日中関係

2007年04月03日

媚中日本企業のトップ

靖国で譲歩を迫った日本企業のトップ

 青木直人氏の著「中国に喰い潰される日本(チャイナリスク)」から少しご紹介します。青木氏は常に報道では隠されている日中の重要な部分を分りやすく発表され、聞くたびに政治家、官僚、マスコミがいかに日本人を裏切っているかに憤りを感じずにはおれません。
 大企業のトップも本末転倒し、恥じもなく国家の存亡や国の名誉よりも自社の利益を優先した発言を平気でしています。

引用開始
 中国となると、広告を拒否したり、正確な広報も行わず、ごまかしに終始するだけでなく、その内政干渉に同調して、小泉前首相の靖国参拝にまでクレームをつけ始めた財界人も登場してきた。その代表人物が日本IBMの北城恪太郎会長で、彼は財界四団体のひとつ経済同友会の代表幹事も務める。
 メディアからもさんざん批判を浴びた彼の発言をもう一度紹介しておきたい。

「靖国問題は日本の国内問題であると同時に、中国には、日本の首相がA級戦犯を合祀している靖国神社に参拝することを快く思っていないという国民感情がある」
「小泉首相が靖国神社に参拝することで、日本に対する否定的な見方、ひいては日系企業の活動にも悪い影響がでるということが懸念される」
「経済界の意見の大勢だと思うが、小泉総理にいまのような形で靖国神社に参拝することは控えていただいたほうがいい」(2004年11月24日)

 次がこの二週間後の発言だ。
「(日中両国)首脳が相互に相手国を訪問できる関係が望ましい。その制約になること(靖国参拝)はできるだけ避ける、あるいは解決策を考える必要がある」
「(中国には)今まで小泉総理が行われてきた靖国神社への参拝、特に内閣総理大臣としての公式参拝への反感があるのだと思う」

 一読してわかるのは発言のスタンスが徹頭徹尾中国政府のクレームに添ったものだということだ。北城氏は日中両国の首脳の相互訪問のために、ひたすら日本側にのみ譲歩を迫るのである。・・・・
北城会長の口から出るのは、日本IBMが中国で商売するのに差しさわりがあるから総理の靖国参拝に反対だ、中国が反発するからだ、という企業エゴばかりである。
 それでいて、中国側の延々と続く反日教育やアジア杯における反日ブーイング騒動、また中国潜水艦の日本領海侵犯については言及もしなければ抗議もしないのである。その無国籍意識にはあきれかえるばかりである。
 日本IBMはIBMの日本の子会社だが、そもそも本社自体が極めて中国政府との政治的関係の深い企業なのである。
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posted by 小楠 at 07:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の日中関係

2007年04月02日

狙われる中国駐在員

盗聴に無警戒な日本の大使館

 青木直人氏の著「中国に喰い潰される日本(チャイナリスク)」から少しご紹介します。青木氏は常に報道では隠されている日中の重要な部分を分りやすく発表され、聞くたびに政治家、官僚、マスコミがいかに日本人を裏切っているかに憤りを感じずにはおれません。
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引用開始
 大使館の警戒感のなさはすでに骨絡みだ。一例を挙げれば、第八代中国大使だった國廣道彦氏のケースが典型的である。彼は盗聴が確実に行われていることが明らかな病院内の電話を使って、日本国内に公的連絡を行っていた。
 彼が入院した日中友好病院は日本の援助で1984年に建設され、現在まで技術協力などの日本の援助が実行されている高級病院である。
 日本の援助団体は友好病院を「成功例」として持ち上げるが、この病院の最大の特徴は医療費が普通の民間病院の三倍近くもすることだ。もちろん医療水準の高さも一因なのだが、そのため共産党の高級幹部専用医院との陰口がささやかれ、事実、一般病棟とは別に「外人高幹専用」の病棟がある。
 私も何回か取材で訪れたことがあるが、院内はともかく敷地内も警戒が厳重で、うかつに写真一つ撮れない。撮影済みフィルムを抜かれそうになったこともある。いずれも共産党の実力者が通院しているためだ。そうした病院内には間違いなく盗聴器がついている。だがそのことに日本の大使は無警戒だった。

 中国の公安情報機関が日本に限らず、国内にある各種の外国機関に対して日常的に盗聴を行っているのは常識である。大使館、領事館、JETRO(日本貿易振興機構)など準政府機関、テレビ、新聞などの駐在マスコミ支局、大手進出企業のオフィス、もちろん個人の自宅も当然のように盗聴されている。対象は電話、ファックス、Eメール、郵便物など通信全般にわたる。また雇用している中国人の運転手やメイドも情報関係者とつながりをもち、定期的に報告の義務をもつ。・・・・

中国の代弁をする元日本大使

 2006年1月9日、北京で開催された日中政府間協議の席でも中国外務省の崔天凱アジア局長は、「日本のマスコミは中国のマイナス面ばかりを書いている。日本政府はもっとマスコミを指導すべきだ」と発言、日本側に対して中国報道の規制を要求した。
 日本の外務省は直ちにそれは無理と反論し、日本の世論もあきれかえったが、実はかつて、中国政府のこういう期待に応えて、日本の報道を叱りつけた元大使がいる。外務省のチャイナスクールの代表的人物でもあった第五代大使の中江要介氏である。

 彼の発言は2002年6月8日付の『朝日新聞』の「私の視点」に掲載された。(「瀋陽事件 独断と偏見目立つ報道も」)。
「人権を守るという目的のために、外国公館の目と鼻の先で公館出入り者を盗み撮りするという手段は目的のためには手段を選ばず、との謗りを免れ得まい」・・・・・
 中江元中国大使が批判したのは北朝鮮の残酷さや無法ぶりではなく、記者の「盗撮」行為だった。「これは目的のためには手段を選ばない」ものだと。日本だけではない。国際的にも注目され関心を集めたスクープ映像に反発する中国政府の本音を、日本の元大使が代弁したのである。
 だが誰でも知っているように、中国で自由な報道は許されていない。子供でも知っている事実である。だから記者はこうした手段をとるしかなかったのだ。・・・・・
 彼はあの天安門事件の際も、中国政府の暴力的な鎮圧に抗議した国際世論に対して、「日本は日中戦争のころを省みて、いまの中国を非難する資格のあるくらい人権を尊重した国であったのか」とひたすら中国政府を弁護し続けた外交官でもある。・・・・
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posted by 小楠 at 08:00| Comment(4) | TrackBack(2) | 書棚の中の日中関係