2007年02月22日

スタール博士の講演1

自国の美風を守れ

 昭和五年十月十九日、スタール博士が、一時帰国の前夜、東京中央放送局から全国中継でラジオ放送を行い、多大の感銘を与えた部分がありますので、「世界に生きる日本の心」から引用してみます。
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引用開始
去るに臨みて親愛なる日本国民諸君へ
☆はじめに
 親愛なる日本国民諸君、今や日本を去るに臨んで私は諸君に別離の辞を呈したいと思う。私の生涯は国際関係に於ける日本の活動の時機に等しいのである。私は1858年、即ちタウンゼント・ハリスが江戸条約(日米修好通商条約)を締結しその条約によって通商上発達を期したる年に生まれたのである。
 八歳の時初めてペルリ提督の「日本来航記」を読んで深く感動した。三十年間シカゴ大学に日本に関する講座を置いて隔年毎に講義をなした。その講座は日本の地理・民族・風俗・習慣・文化・民族的心理・宗教・歴史・政治・外交等の広い範囲にわたっていた。この講座は1894年日清戦争当時に創設せられたものであって、戦争中日々教室にあって日本軍の活動に対して多大の注意を払っていたのである。

 私は日本の近代の重大なる危機に際して常に日本国民と憂苦歓喜とを共にして来たのである。故に私は日本国民の悲痛の際に於いて、或は成功して歓喜の絶頂に於ける日本を知っているのである。
 1904年私は横浜に上陸して、其の日の午後東京に到着するや、日露開戦の号外発行を見たのである。当時私の用務は北海道にあったので、沿道における日本軍隊の活動及び日本国民の真剣なるを見て大いに感動した。
 1918年欧州大戦中日本を訪問し日本が連合国のために多大の犠牲を払い努力せるを目撃した。然しながら日本の参戦の意義と日本の努力とは今日尚世界から感謝されておらぬは遺憾である。(中略)

☆自国の美風を守れ
 ここに私をして二つの問題を講究せしめよ。まず第一に、日本は西洋との接触によって日本固有の多くの美点を犠牲に供したことを痛感せずには居られぬ。日本の文化は古き歴史を有し、賞賛すべき幾多の美点を有している。
 今を去る一千二百年前、奈良朝の文化燦然たる時代に於いて、ヨーロッパの何れの国がその優美と典雅の点に於いて、日本に匹敵する文明を持っていたか。日本は外国から借りてきた文化を直ちに消化して明確に日本化したのである。

 日本の文化はこのようにして数世紀の間維持せられて来たが、近来西洋との接触に伴い、日本文化は根底から動揺を来たし破壊せらるるに至った。外国との接触によってある程度の変化を来たすことは当然である。然しながら日本の近来の外国文化の輸入はいかにも盲目的であることは、日本のために遺憾千万である。
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posted by 小楠 at 07:53| Comment(4) | TrackBack(1) | 書棚の中の日本