2007年01月31日

古事記、山田のかかし

 前回との間にはいくつかの物語がありますが省略しますので、興味のある方は古事記でお調べ下さい。ここでは、山田の案山子(かかし)が出てきますので、ご紹介しておきます。
 山田のかかしも童謡として歌われていましたから、お馴染みでしょう。
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※少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と御諸山(みもろやま)の神
 さて、大国主神が出雲の御大(美保)の御前(みさき)におられる時、波頭から羅摩船(かがみのふね)に乗って、蛾の皮を丸剥ぎに剥いだ着物を着て近づいてくる神があった。そこで、その名前をお尋ねになったけれども答えがなかった。また、お供の諸々の神にお尋ねになっても、みな「知りません」と申した。
 そこで、たにぐく[蝦蟇、ひきがえる]が、「これは、くえびこ[かかしの神名]が知っているはずです」と申したので、すぐにくえびこを呼んでお尋ねになると「これは神産巣日神(かむむすびのかみ)の御子でスクナビコナの神です」とお答え申しあげた。

 そこで大国主神がカムムスビの御祖命(みおやのみこと)にこのことを申し上げると、「これは本当に私の子です。子供の中でも、私の手の指の間から漏れこぼれた子です。そしてお前は、葦原色許男命(あしはらしこをのみこと[大国主の別名])と兄弟となって、その国を造り固めなさい」と仰せられた。そしてそれ以後オオナムヂ(これも大国主の別名)とスクナビコナとの二柱の神が共にこの国を造り固められた。その後は、スクナビコナの神は常世国にお渡りになった。
さて、そのスクナビコナの神であることを顕し申し上げた、いわゆる「くえびこ」は、今でも山田のそほど(かかしの古名)という案山子である。この神は歩くことは出来ないが、ことごとく天下のことを知っている神である。・・・・

※葦原中国の平定
 天照大御神の仰せで、「豊葦原の千秋長五百秋(ちあきながいはあき[長久の意])の水穂の国は、私の子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)の治めるべき国である」と委任されて、高天原からお降しになった。
 オシホミミの命が降りる時、天の浮橋に立って言われるには、「豊葦原の水穂の国は大そう騒がしいようだ」と。そしてまた戻って、天照大御神に指示を仰がれた。
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posted by 小楠 at 07:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 古事記で見る日本