2007年01月11日

朝日のマルクス気触れ

GHQ民生局作成の九条草案信仰の愚昧

片岡正巳著「朝日新聞の戦後責任」より、現代日本マスコミの癌、朝日新聞が、いかに共産主義気触れの文面であったかを見て下さい。
写真は60年安保闘争
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引用開始
 昭和21年3月8日付社説で<憲法草案と世界平和>と題して戦争放棄条項を称賛し、

「これを単に敗戦国としての現状肯定とみるのは浅い見方」だと論じた。そして再び

「日本が一方的に戦争放棄を憲法に規定しても、それだけで世界の平和が維持できぬことはいうまでもない」と述べ、

「従って、憲法にかかる条項を入れようとする以上は、日本人民として、世界平和維持に対する積極的発言が許されねばならぬのである。現在日本は聨合国の管理下にあり、政府当局としては、かかる発言はなお許さるべき時期ではないが、日本人民の声だけは、率直に世界各国民に伝えておきたいと思う」と念を押す。・・・・

 それにしても右の社説は、「国民」ではなく「人民」である。当時の論説委員の意識が奈辺にあったか、この表現はそれをよく表していると思う。また、この社説は一方で、世界の恒久平和を確立するためには、完全雇用を実現する世界を作らねばならぬとも言い、

「経済恐慌のない世界、失業の無い世界、過剰資源も、過剰滞貨も生ぜざる世界、生産力の無限の向上が社会の無限の向上に全く矛盾なしに照応する世界」と書き連ねて、

「この問題は、ソ連以外の国々において特に重大な意義を持つ。ソ連は既にソ連方式によりこれを解決しているからであると言い切って、アメリカは

「此の問題に対する理論的解決をせまられている」と書く。完全にマルクス経済の虜になっているのである。「人民」の用語を使うのもむべなるかな。げに、のちに反米親ソを鮮明にする朝日の源泉を見る思いがする。

※安保・戦争巻き込まれ論
安保改定ニュース動画
 昭和三十五年元日の社説は、
「いま目の前にある何よりも大きな収穫は、フルシチョフの完全軍縮の提案と、これに呼応した国連総会の同じ決議である」と、緊張緩和の夜明けが訪れたとばかりに微笑み、「危険そのものが、全世界を爆破しかねないほどに成長して、その巨大な危険の前には、永い争いの種であったイデオロギーの相違が、いよいよ小さく、色あせて来たということではあるまいか」、

東西の間には、もう『戦争』ではなく、『競争』という言葉だけが、意味をもち得ることとなってきた。それは別の面から言うなら、人々の心の中に『寛容』がしのび込み、『平和』が小さな芽をふき出して来たともいえよう」と喜んで、「平和共存」を強調した。・・・・
 だが、フルシチョフの提案は、明らかに米国の核に追いつき追い越すための時間稼ぎであった。・・・・
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posted by 小楠 at 07:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 反日マスコミ