2007年01月10日

朝日新聞の無恥変節

相哭からプロレタリア戦線機関へ

 片岡正巳著「朝日新聞の戦後責任」より、現代日本マスコミの癌、朝日新聞の恥ずべき変節の様子と、以後の反日ぶりを見て下さい。
 つい先日も満洲問題で、日本と日本人を貶めようとの悪意がまる見えの記事を掲載。過去に朝日の報道でどれほどの国益を損ねてきたことか。朝日新聞はなんとしても日本と日本人の敵になりたいのでしょうか。
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引用開始
※一億総懺悔から戦争責任者追及へ急変
 昭和20年8月23日付は<自らを罪するの弁>なる社説を掲げた。

「過ぐる十五日の正午、一億国民の耳朶を激しく打ち、国民の胸奥を強く揺すぶった玉音は何人も終生忘れ得ないところであり、必ずや子々孫々言い伝え、語り継いで永遠の戒めとするに相違ない」
と。そして次のように続ける。

「思うに事志と違って邦家が今日の悲運に立到ったについては、天の時、地の利ともに因をなしているとはいえ、人の和についてなお遺憾な点があったことは否めない。然らばこの点に対する責任は、決して特定の人々に帰すべきでなく、一億国民の共に偕に負うべきものであらねばならぬ。さりながら、その責任には自ら厚薄があり、深浅がある。特に国民の帰趨、世論、民意などの取扱に対して最も密接な関係をもつ言論機関の責任は極めて重いものがあるといわねばなるまい

 これは明らかに「一億総懺悔」論であり、とりわけ言論機関の責任の重さを強調しているが、何を懺悔すべきだとしたか。それは戦争に至った日本の歩みへの懺悔ではなく、・・・戦いに敗れたことへの懺悔なのである。
 ところが、それからわずか一ヵ月後、ダグラス・マッカーサー元帥を最高司令官とする連合軍の“戦争責任者”追及の動きが顕在化してくると、朝日は一億総懺悔も新聞の責任も投げ捨てて、9月22日付社説は<戦争の責任果して如何>なる表題で、・・・

遂に国民を大戦争の渦中に投じた我国指導者の責任こそ、この際、十分に糾明せられて然るべきであろう」

と豹変したのである。・・・そうして朝日は、勝者のお先棒をかついで戦争責任者追及に邁進することになるが、ここに、朝日の“東京裁判史観”の芽生えがあるといっても過言ではなかろう。
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posted by 小楠 at 07:26| Comment(6) | TrackBack(0) | 反日マスコミ