2007年01月06日

左翼の戦争反対は嘘

真の反戦論者は保守主義者

 ご存知の稲垣武氏著「朝日新聞血風録」から、目にとまった部分を引用してみます。
inagaki.jpg

引用開始
 戦後長らく、左翼勢力が論壇の覇権を握った時期があり、そのために戦争に抵抗し反対したのは共産党をはじめとする社会主義者だったという説が支配的となった。確かに左翼の抵抗はあったし、そのために投獄されても節を曲げなかった共産党幹部らは信念を貫いた点で称賛に値する。しかし彼らはいわゆる帝国主義戦争に反対したのであって、戦争一般に反対したのではない。社会主義の祖国とされていたソ連の行う戦争には無条件で賛同していたのである。

 ゾルゲ事件で検挙された元朝日新聞東亜部記者の尾崎秀実は、近衛首相らに働きかけて、独ソ開戦後、陸軍に盛り上がったソ連侵攻論(北進論)を断念させ、英。仏。オランダなど宗主国の力が衰えた南方資源地帯を狙う南進論に傾くよう工作したと供述している。その南進論の結果生まれた仏印武力進駐が太平洋戦争の契機となったことを考えれば、尾崎は戦後喧伝されたように平和主義者でも何でもない。共産主義者として祖国ソ連を守り、世界の資本主義体制の崩壊を促進しようとして、日本と米英といった、彼らのいう帝国主義国相互の戦争へと日本を誘導しようと図ったのである。

 また弾圧を受けて転向した左翼は、雪崩を打って近衛新体制のイデオローグとなった『昭和研究会』に入会した。尾崎もこの主要なメンバーであった。
 『昭和研究会』は私が朝日新聞調査研究室報用の論文でも指摘した通り、転向左翼と革新官僚の奇妙なアマルガム(合金化)であった。そこから反・資本主義、反・自由経済体制、統制経済と挙国一致体制の推進による高度国防国家の建設、世界政策では英米本位の世界秩序であるヴェルサイユ・ワシントン体制を打破した大東亜共栄圏の樹立という、ナチス・ドイツばりの国家社会主義体制の理念が生まれたのも当然であった。
 また左翼転向者のなかには、身すぎ世すぎのために、言論統制の総合機関であった内閣情報局に入って検閲の使い走りをした者も少なくなかった。
続きを読む
posted by 小楠 at 07:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 反日マスコミ